jonajona

ブラックブックのjonajonaのレビュー・感想・評価

ブラックブック(2006年製作の映画)
5.0
超面白い。戦争の本質みたいなものを剥き出しにしてる。一級のスパイサスペンスでありロマンスであり戦争犯罪に対する復讐劇でもある。バンホーベン揺るぎなし。
女性ならではの逞しさを魅力的に描くのはバンホーベンが1番うまいと思う。あくまで男からみた女性の強さだが。大好き。
書き出してみると、ラヘルというこの主人公が言葉によって他人を説得しようとした場面はほとんどない。信念や情感で相手を制してる。

【キャラ、人物描写】🦑ネタバレあり
時代背景を現代の人にも伝わるようにしながら同時にストーリー展開が極めて早い中で、ラヘルという主人公がどんな人物かを毎シークエンスの終わり際に印象的に挟み込んでくる。それで単にストーリーを追ってるのではなく勝気で度胸のある彼女という人物を追ってる感覚にさせてくれる。

【起】①
(懇意の弁護士に親の遺産を譲渡されて)
ー数えないのかい?(札束を)
ー信用するわ
ーおおラヘル、人を簡単に信用するな
こんな時代だぞ。
ー…(無言のまま不服そうにやはり数えずに書類に著名をする)

【起】②
ー仲間の女が一人降板した。代わりにやれるか?
ーええ。
ー…いいのかい?
ー仕事だもの。
ー失うものがあるかも知れんぞ。
ーこれ以上なにを失うものが?
ー命だ。
ー…(無言のまま決意した目で工事現場の手袋を外す)

【承】①手荷物検査
初潜入作戦。はやくも電車内での手荷物検査で捕まりそうになった時の咄嗟の機転。必要ならキスもビンタも惜しまない女。
(下記に詳しく記載)

【承】②ムンツェ、セックスと疑惑
切手収集家でありながらユダヤ人殺しを手引きする諜報部トップである役職と個人に二面性を持つムンツェと良好な関係を気付くラヘル。ユダヤ人だとバレないように特徴的な赤毛を金髪に染めて(下の毛も染める!)彼に取り入るラヘル。しかしムンツェは勘が鋭かった。
ー染めてるね。
ー(ギクリ)…ええ。流行りですもの。
ー…もしくは、偽る理由があるのかだ。
(危険な沈黙が流れる)
ーだったら、どうするの?
(下着を全て脱ぎ完全に無防備になるラヘル。しかし精神面で優位に立ってるのはすでに彼女だ。理屈の前に惹かれている事実を彼女に突きつけられたのだ。それを見透かされた。2人は情事に耽る)


【転】①
ムンツェは偶然にしては良くできすぎた美女との恋愛に疑念を捨ててなかった。ベッドのシーツを捲った膨らみは男性器ではなくピストル。自分に洗いざらい話すか、あるいは仇敵であるストライカに売り渡されるか選べと迫るムンツェ。しかし彼の目は捨てきれない愛情を湛えている。ラヘル、見つめ合った後に一言。
『キスして』
熱いキス。次のシーンでは全ての説明が終了していて事情を把握したムンツェの協力を漕ぎ着ける。キャラが滲む緊迫感のあるやりとりと無駄のない情報処理。彼が提案した2つの選択肢を超えて彼らが愛し合ってることがわかる。銃を突きつけられても動じず理性だけではなく情感に訴えることもできる彼女の情熱的な側面と豪胆さがみえる。

【ストーリーテリング、描写力、脚本】

【承】第一の困難、電車の荷物検査
◯電車内で突如手荷物検査が始まり、万事休すと決死の作戦を提案する夫婦役の相棒を前に、咄嗟の起点を効かせたラヘルは彼の頬を打ち痴漢されて逃げる女を演じることに切り替える。疑いなくその場を鞄を持って離れることに成功したラヘルはさらになんと政府高官らしき男の個室に堂々と入り相席するのだ。本来危ない橋だが、高官は突然現れた彼女とのロマンスを期待してやってきた検査官を目論見通りあしらってくれた。持ち前の美貌と機転の速さ、そして度胸が真価を表すシーンである。

これら一連のシーンが終わった後に続くシーンが脚本的により見事だなと思った。
政府高官らしき制服の学者は趣味の切って収集について彼女にブックを見せながら語る。駐留したあらゆる国の切手を収集してる男。1ページ穴空きで数が少ないページをラヘルが見つける。『女王陛下で止まってる』と彼女がいうと答えて彼がいう。

ーオランダ領東インドの切手さ。
ー手に入るかどうか…

このワードを受けて思わず深刻な表情が漏れ出てしまうラヘルの顔を映すことによって、目の前の男がオランダを完全に征服し東インドまで手を伸ばす未来を夢想していることに改めて気付かされる。同時にそれは本ストーリーの情勢の把握にもなる。
こういうシーンを、スリリングな一幕の最後に添えて(正直ここまでオランダのこの時点の情勢が理解できてなかった)各人の立ち位置の把握を促すのは巧みとしか言えない。
さらに!実のところ彼がその後宿敵といえる立ち位置である諜報部のトップ(ムンツェ)であると合流した相棒に告げられる。つまりボスキャラとの会敵だったわけだ。何重にも一つのシーンに意味が重なってる。
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