「ピアニスト」に投稿された感想・評価

駄作だとは思わない。ただ、「ミヒャエル・ハネケの映画にしては」点が低くなってしまった。変化球を投げ続けて来たハネケが投げた「豪速球」のラヴ・ストーリーといった感がある。そのストレートさ、例えば母親と主人公の娘/女との屈折した関係や性癖をこじらせて男とまともなセックスが出来ない変態さの描き方はしかし、成功しているかどうか。もう少しこちらを裏切る要素があれば……と思ってしまったのはないものねだりなのか。ハネケらしい要素はあちこちに散見される。例えば個室に閉じこもってテレビを観続ける母親が代表する「引きこもり」故の「閉塞感」(『ファニーゲーム』が密室劇だったことを思い出そう)、あるいはロングショットの使い方等など。官能的な要素、相手を切実に求めることとハネケのそうした「突き放した」描き方がミスマッチを起こしてしまっていると受け取ってしまったのでこうした評価になったのかもしれない。
小さい頃から母親に厳しく育てられた40歳の主人公は
ピアノ教授となった今でも母と二人暮らし。
ある日、演奏会の席で彼女に好意を抱く青年と出会うのだが…
               (あらすじ引用・記録)

         
何十年にも渡り母親に抑制され生きて彼女
彼に対する愛情を表現しようとしても
うまく自分の感情を表現できない彼女は
これまで封じ込めてきた感情を剥きだしてしてしまう。
そんな彼女の姿が時に痛々しくもあり
哀れで切なくなった。
とても不快なシーンもありますが感慨深い作品。
「死と乙女」のイェリネク原作、母に抑圧され、男からの暴力によってしか「愛」を受け入れられない女性は、全くもって倒錯なんかしていない。抑圧される娘も、搾取される女も、抑圧せざるを得ない母も、暴力で搾取することを強いられる男も、全ては社会のシステムが生み出した毒だ。彼女の流す血は、人類すべての女性が流してきた性と暴力の血だ。この世に歪んでいない愛なんて、性なんて存在しない。快楽を得る時、彼女は無表情で目は見開かれたまま、ありもしない何かを見つめている。その先に彼女が何を見ているのか、私たちは知ることはない。私たちは何を愛し、何を強いられているのか知ることもない。彼女の傷を誰も触れない。口にしない。乳房を赤く染める血はなかったことにされる。それが女の住む世界。

このレビューはネタバレを含みます

予習。
倒錯が倒錯を呼び、束縛が束縛を産む。
「全てを捧げたのは(子供)でしょう?」って台詞が印象的。
他人の指は切れるけど自分の指は切れないのね。胸に包丁突きつけたくらいじゃある意味で彼女は死ねないのかもしれない。

ただ一つ言いたいのは、ドン引き顔のブノワ・マジメルがかわいいということ。
美しい映像と音楽に引き込まれて行くけど、途中から不穏になり、バスルームのシーンは怖くてみていられなかった。

いろんな意見や批評、映画としての評価も高いと思う。
でも、なんとも言えない。
本当のことを言うと、なんでこういう映画って作られるんだろう。。
また観たいとは思えない。
私はわりと苦手です
母の過干渉、そして共依存。。。
同じベッドで寝ているのが、正直、かなり寒い。。。

股間をバスルームで剃刀で傷つけたり、ポルノショップで、男性客が使ったティッシュを匂いだり…
カーセックスを覗いての放尿…
なんて、歪んでいるのか…

年下の彼への意味不明なラブレター。。。

彼女の歪み方が理解の範疇を超えていた…

『白いリボン』『隠された記憶』『愛 アムール』など…いくつか、ハネケの映画を見ましたが…

この映画は、強烈でした。。。
親からの抑圧と妄想でひたすら変態性を高めていった中年女性の話。
この監督の映画の登場人物はだいたいみんな狂ってて怖い。でもなんとなくわかる気がする。
過干渉で支配的な母親からピアノだけを与えられ常に無表情で厳格で冷徹な中年ピアノ教師エリカが年下の美形男子ワルターに想いを寄せられる展開は普通ならハートウォーミングなラヴ・ロマンス/メロドラマになりそうな所をまるでラース・フォン・トリアーの如く歪んだ性愛へと変容していく様はさすがのハネケ監督。使用済ティッシュを嗅いだりカーセックス中のカップルの横で放尿したりと変態的な展開が続く中、ワルターとの出会いで彼女が自らの欲望を表出し始めるがミスコミュニケーションにより負のループへと墜ちていく。恐らく一度も性経験が無い彼女は妄想でしか事を進めれず彼はそれが彼女の心からの望みだと受け入れるが、妄想と現実は乖離しショックを受ける。特に手紙を読ませる中盤からラストにかけてのイザベル・ユペール演じるエリカの心情の変化がとにかく痛々しくて悲しい。ただ、これは変態映画ではなく40を手前に性経験のない女性の純粋すぎるが故の歪なラヴストーリーなんだと思った。
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