もものけ

羊たちの沈黙のもものけのネタバレレビュー・内容・結末

羊たちの沈黙(1990年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

この作品は、個人的評価で傑作だった映画です。
定期的に鑑賞しております👍

FBIアカデミーの訓練生クラリスは、行動科学科のクロフォードより"バッファロー・ビル"と呼ばれる連続殺人鬼を追うため、精神病院に収監されているレクター博士と面談して情報を得るように協力を要請される。
それは、レクター博士こと"ハンニバル"と呼ばれる連続殺人鬼でもある元精神科医の心理分析能力を用いて、謎の存在とされる"バッファロー・ビル"をプロファイリングする為だったのだが…。


感想。
もはや語ることもないくらい超有名で、連続殺人鬼の生々しい姿をショッキングな映像と演出で、ホラー映画のように作ることになるサイコ・サスペンス映画の先駆け的パイオニアとして、アカデミー賞を受賞されて多大な影響力を持つことにもなった、ジョナサン・デミ監督がトマス・ハリス原作"The Silence of the Lambs"を映画化して、シリーズ化にもなるハンニバル・レクター博士の物語であります。

時系列では「レッドドラゴン」の後であり、収監されたレクター博士とクラリスが初めて対面して共に"バッファロー・ビル"を追い詰めるスリラー作品となっておりますが、クラリスの過去に興味を持つレクター博士の歪んだ愛情がメインテーマとなる不気味な演出と、初々しいFBIアカデミー訓練生の不安定な精神状態と過去のトラウマから脱却するクラリスの成長としてのドラマを構成しており、単純な推理サスペンスとは違った面白さがあります。

「羊たちの沈黙」という邦題は、原題そのままの訳で珍しく日本映画配給会社が、きちんと仕事をしたあっぱれなタイトルであります。
ハンニバル・レクター博士シリーズの2作目として書かれた原作で、クラリスが主人公として登場しますが、彼女は大好きだった警官の父親を無くして農場の叔父に引き取られ、そこで屠殺される仔羊たちの悲鳴をトラウマとして抱える、いわば"闇"を抱えた人物であり、FBIを目指すのも父親への尊敬からではなく、犠牲者達の悲鳴をトラウマである仔羊の悲鳴と掛け合わせて、それを救うことでトラウマを乗り越えようと心理的の無意識化で行動する結果であり、本質的には正義感からではありません。
しかし、元々真面目で熱心な性格であり、美人で純粋さがより周りの男を惹きつけること、男社会である警察機構の職場を目指して日々努力を惜しまない女性です。
その表情や仕草以上に、喋る口調までも男そのものを演じているようにも感じるほど。
そして抱えている"闇"は、連続殺人鬼"バッファロー・ビル"と同じ心理構造をしていて、非常に危険な不安定さを持っています。

この二人が人生において、真逆の存在となり"闇"と対峙して、乗り越えようとしたかしなかったかが、運命としての分かれ道ともなる対比構造が作品の中で、"正義"と"悪"の戦いという構図として描かれているのは秀逸です。

トラウマを抱えた主人公を演じるジョディ・フォスターの演技は、アンソニー・ホプキンスの怪演とはまた違い、評価として注目されにくく感じますが、終始冷静さを表した表情でいて、とても卑屈に笑っているクラリスに注目です。
ここまで"正義"の主人公が強張って卑屈に笑っている表情は、過去の作品でも見たことはありません。
この表情がクラリスの抱える"闇"としてのトラウマを全て物語っている演技だけでも、作品のキャラクターに入り込んでいるジョディー・フォスターの迫真の演技が分かると思います。
これは、劇中でもレクター博士にもツッコまれており、無意識に現れる心理的動作を演技で演じられる数少ない役者であると思いました。
レクター博士のアンソニー・ホプキンスは、役に入り込んで強烈なインパクトを持ち、代名詞ともなるほどの演技力で凄まじい作品でもありますが、このジョディ・フォスターも実は相当凄い演技をしていると感じております。

最初観たときはあまり深く作品を考えずに、サイコ・ホラー映画として捉えておりましたが、レクター博士と会った帰り道に悲しい表情をするクラリスは、ミグズから辱めを受けてショックで泣いているのではなく、レクター博士に心理状態を言い当てられた悔しさから出た表情のように感じます。
それはもし大好きだった父親が死ぬことがなかったら、トラウマを抱えることもなかった自分の人生を嘆いているかにも思えます。

凄惨な遺体の写真など、生々しいホラー映画のような残酷描写をあえて演出して、より観客へ連続殺人鬼の恐怖を煽る演出は、これ以降の作品では一般的になりますが当時としては斬新な手法であります。
プロファイリングと呼ばれるFBIが開発した犯罪者のパターン分析と、手口や犯行、趣向や動機など実在の連続殺人鬼をモデルに描かれているので、よりリアルです。
そして無秩序型と呼ばれる連続殺人鬼の住居の荒れ放題を表現したセットの作り込みまでもが、分析パターンに沿っており不気味さ満点です。

芸術を嗜み、終始穏やかな表情で語りかけながら、瞳の奥に不気味さを持つレクター博士は、後半までは大人しく教養のある人間に見えます。
バッハの"ゴールドベルク変奏曲"を聴きながら、夕食準備をする看守に突如襲いかかる表情でその病的な異常性がありありと分かる演技を使い分けたアンソニー・ホプキンスが作品で最もインパクトあるキャラクターとなっております。
この作品から、異常犯罪者が教養ある人間性で、作品でクラッシック音楽が使われるなど、イメージを払拭する手法の斬新さも表現された新しいサスペンスとなります。

一方、教養なく無秩序型な"バッファロー・ビル"は、性倒錯者であり女性になることに憧れを抱いて精神崩壊を起こした犯罪者です。
教養あるレクター博士と無教養なバッファロー・ビルの対比も、異常犯罪者はどちらにも存在している人間性の怖さが現れております。
そしてクラリスを簡単に殺せるのに、中々撃たない葛藤が、目の前にある美しいクラリスという、自分が最も望む存在への心の"闇"を表現しています。

単独で救出に向かったクラリスが、アカデミーでの訓練通りに緊張感に包まれて追い詰める表情など、ジョディ・フォスターが演じきっていて迫真です。
全弾撃ち尽くして犯人が倒れても尚、慌てる手でリロードして武器を奪う演出は、よくあるサスペンスのオチとは違い、緊張感があってリアルです。

FBI捜査官として正式に授与されるクラリスが見せる初めての卑屈ではない笑顔は、ラストのレクター博士の問いかけである「仔羊の悲鳴は止んだか」という答えを表現しているかのようにも思えます。
そして、レクター博士との出会いがクラリスのトラウマという"闇"と対峙して、捜査官になれるキッカケでもあったのではないでしょうか。
それは、ラストで逃亡した異常犯罪者に対して、レクター博士と呼びかけるクラリスの敬意ともとれるセリフが物語るようであります。

有名なテーマ曲の一つにもなった音楽を担当するハワード・ショアの音楽が、効果的でありクリフハンガーなオチを不安にさせるようであります。

全てに置いて完璧なサイコ・ホラーというジャンルのパイオニア的作品へ、5点を付けさせていただきましたが、10点評価でないと評価できない歴史的傑作を、続編もジョナサン・デミ監督で作って欲しかったほど、素晴らしい出来栄えであります。
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