垂直落下式サミング

ねこタクシーの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ねこタクシー(2010年製作の映画)
4.6
カンニング竹山さんが演じるダメなタクシー運転手が、三毛猫の御子神さんと子猫のコムギを拾ったことでツキが向いてくるというおはなし。
この前みた『レンタネコ』のように、自発的に猫商売をしているというようなあざとい話ではなく、仕事つまんねえし何となくやってみようかなとはじめたものが、いつの間にか『ねこタクシー』になっていたということなので、現実に則したメルヘンなファンタジーにしてもこちらのほうが感情移入しやすい。
カンニング竹山さんは、ロンハーなんかでザキヤマにいじめられてるおじさんというイメージが強かったが、この映画で彼が演じるのは、今まで何一つ報われずに、青春も仕事も満足に燃焼しきれないままに色々と諦めて、なんだかもう人生に中途半端に疲れてしまったキャラクターで、その風貌といい演技といい、違和感のない見事な人選だったと思う。テレビだとハキハキとしっかり自分の意見をしゃべる人なので、ボソボソモゴモゴと口ごもるような話し方をするのは新鮮だった。
『レンタネコ』は、金銭だの契約だのといった、おはなしを語る上で都合の悪い部分を意図的に廃していたのとは対照的に、本作は猫営業をするにあたってちゃんと社会と真正面から向き合った上で、猫の猫性によってこそ何かが上手いこと救われていくという内容なので、納得度が高いし、みていて心地よい。
猫は可愛いからといって、さすがに順風満帆とはいかない。それでも、猫を切っ掛けとして、主人公が自分の甘えに視線をおとして、周囲の優しさに触れて、この人生を高く見積もりすぎていたことに気付いて、変わろうと努力する様子には泣かされる。
何度も引き合いに出して申し訳ないが、『レンタネコ』は猫を愛でている個人の趣向が物語の内へ内へとこもっていってしまうのだけど、この『ねこタクシー』はひとりの男の変化が世界に影響を及ぼし、それがいい方向にも悪い方向にも波及していくさまに、この世界の広がりと人の繋がりによる可能性が示される。家族。会社の同僚。保健所の職員。みんな優しくて厳しいけど、それが人間としてちょうどいい温かさ。
確かにねこタクシーなんて倫理的に正しくはないし、そんなことにこだわるのは無駄で無意味なことかもしれないけど、その無駄や無意味で立ち止まって一度足踏みすることでこそ人は変われるんだと、普遍かつ現代的な人の成長を描いていた。
映画や文芸など大衆演芸は、人のダメさや世界の汚さを信用し愛おしむモノなんだと、心が洗われるようないい映画でした。