恐怖分子のネタバレレビュー・内容・結末

恐怖分子1986年製作の映画)

製作国:

上映時間:109分

4.0

あらすじ

台北を舞台に、3組の男女の姿を通して、図らずも他人を傷つけながら生きる、都会人の殺伐たる生きざまを描いた一編。犯罪、いたずら電話、夫婦の不和、不倫といった都会ならではの事象を、鋭敏なタッチで切り取った傑作。

「恐怖分子」に投稿されたネタバレ・内容・結末

寝ぼけながら見てたらイタズラ電話のくだりを誤解した

見直して物語がつながっていく面白さを理解した
作品に漂う渇いた空気感が好き。
これから一週間ずっと雨だー

天気のネタバレ(予報)でした!ハハハ!
いつからか我々は天気予報を見てから家を出るように、映画ニュースをチェックしてから映画館に行くようになった。そして帰ってきたら的を得たレビューを読んで答え合わせをするのだ。ずぶ濡れで帰ってきて文句を言っても遅いのだ。さあ果たして当たるかな?


雨が降っているかは窓から街灯を見るとわかる。とても優しいナノケア水蒸気の中を冷たい汗をかいて歩いているような霧雨。さしている傘の役目は霧を我々の世界の重力に従う水滴に戻すこと。

あと2週間くらいは降ったり止んだりの繰り返しになるようですね。そしてまた夏が来ます。そして終わる!夏だけが終わる。最近は夏よりも梅雨が好きになってきたな。夏は死にたくなる。いいねえ。夏だけが死ねる。

何が写っているかは遮光カーテンの隙間から光が差すと分かる。とても不穏な無数の銃弾が空けた窓の穴から吸い込まれた光が壁に投射されたような分割写真。投射されている壁の役目は光を我々のピントに合わせ再構成すること。

暗い箱は光を吸い込み、銃弾は照射される。カメラとは暗い箱。たまたま繋がった電話とは流れ弾。

ベッドでタバコはよして、タバコの煙が目にしみる。ベッドとは常に暗室でありそして霧雨とタバコの煙は流れ弾ゆえに必ず当たる。

いい映画を観たかどうかは3年くらい経つと分かる。とても強烈な体験をしたあとは自分のショックと自分が見ている世界とが感光しお互いに撞着し合い、なんとかそこから距離を置いてみると、今まで世界とひとつになり光に濡れていた皮膚は蒸発し、我々に見えていたものとして定着し、額縁に収まる頃には何も覚えていないような気分になる。探り当てられた言葉の役目は記憶を我々に理解可能な限りに捨象し忘れ尽くすことにある。

小説とは初めから的を外したフィクションであるゆえに必ず当たる。
【昇進】


香川照之ときたろうを
足して2で割った風貌の主人公は、
課長になりたがっていた。


それは妻のためであると
彼は主張しますが、
果たして真実はどうなのか?


【小心】


本当に妻のためならば、
妻が自分の元を離れた時点で
課長になる価値はなくなるはず。


しかし彼は
妻が去ったにも関わらず、
課長にはなれず落胆します。


己のため課長になりたかったのか?
もしくは、
課長になれば妻が戻ると考えたのか?


【傷心】


彼は妻が去った理由を
あれやこれやと思案しますが、
どれも不正解でした。


つまり彼は、
正解が分からない状態で
モヤモヤしたまま、
自殺をしたような形になります。


【命題】


もしかすると彼は、
『課長に昇進すれば妻が戻る』
という仮定を、
証明する前から"真"であると
信じていたのか?


この仮定の証明には、
『課長に昇進する』
ことが必須条件であるため、
その必須条件が崩れた時点で
証明は不可能となります。


もしも
証明が不可能(昇進不可)になったことで
彼は自ら死を選んだのであれば、

『課長昇進=妻が戻る』

という仮定を、
彼は盲目的に信じていたことになります。


とは言え、
彼は妻(小説)のことなど実は興味なく、
昇進できなかったこと自体に
絶望した可能性もあります。


つまり彼は、
妻が去った理由を求めてはいたものの、
死を選ぶほどに深刻な問題ではない
と考えていた可能性もあるわけです。

昇進>妻


【迷宮】


もしも課長になっていれば、
妻は彼の元へ戻ったのか?
それとも戻らないのか?


もしも課長になっていれば、
妻が戻らずとも
彼は生き続けたのか?
それとも死を選んだのか?


妻を愛していたのか?
己を愛していたのか?


その真実は彼の死によって、
永久に謎のままとなってしまいました。
夢見てゲロ吐くシーンを最後の最後にもってくるなんて
ずっと気になっていながらも
中々レンタルがなくて、ようやく鑑賞する事ができた一作。
一本の電話により見えない糸で繋がってゆく人達と
妻が求め待ち望んでいた「きっかけ」
とても地味だけど、そこに惹きつけられる何かがあり
他人の人生そのものを垣間見た気分
終着点への展開という表現も凄かった。
他作品も観たい。
表情や物体を映すだけで物語ることが多い。そのひとつひとつの構図とか美しく感じた。最後の方で男が拳銃を持ってから興奮して見入ってしまった。

ただ、暗室で「昼か夜かわからない」って言うシーンでは、そんなに長い間暗室で過ごしてるならお風呂どうしてるんだろう。お風呂まで暗室にするの?と気になってしまい現実に引き戻された。

序盤退屈
 新宿ケイズシネマの映画館前のエレベーター待ってたら、知らないオッサンに「えっ!あんたこんな日に映画なんて仕事してないの?えっ!?」っていきなり説教されて、気分が最悪になった。

そんな状態での鑑賞。

 今まで観たこの監督の作品の中では、一番好きです。ただ、最後にフラれた男が死んだり、殺したりするのには辟易する。女に「つわり」があったのは救いがある。こんな作風の監督なのに、いつも最後にオチがあるのは何でだろう?これがなければもっと愛せる気がする。
  
 この映画だと、女の巨大なポートレイトが風でゆらめくところ。台北ストーリーなら停電後、ライターの灯りでクラブのフロアを照らすところ。最高なシーンはたくさんあるのに、通しで観ると退屈してしまう。

 
夫が銃を所持して姿を消した直後に、彼が取る行動を最初に観せられた。しかし、その映像は私達がこうであって欲しいと望む結末だった。だからこそ、後に続く場面において、ギリギリの線で踏みとどまった彼が少し愛おしく感じてしまった。痛ましくて心がザワザワした。

ラスト、ピースを繋ぎ合わせて駆け上がっていくストーリーには圧巻。また、映像がどこを切り取っても綺麗で、特に風の演出がとても美しかった。
本来なら全く関係のない人々の人生がある時点でわずかに交差し、結果としてドミノ倒しのように1人の男がの人生が壊れる話。偶然なのか運命なのか。この男には知る由もないことだ。コントロールできないから恐ろしいのだ。
しかし、唯一コントロールできたのは男の心自身であるので、心を強く持っていればあの結末は回避できたはず。
仕事と家庭しか世界がなく、なんの楽しみもない俗物であることは命に関わる危険だ。趣味や夢が一つなのも危ないだろう。逃げ込める場所がなくては。

ノスタルジックな雰囲気の映像が美しく、この映画の淡々とした雰囲気に合っている。BGMがなかったり、相手の顔を映さず話している人間だけを映すような独特のカメラワークだったりが、この映画の登場人物が持つ孤独感を引き立てていた。
エドワード・ヤンは人の顔と名前を覚えられぬ者に厳しい

多くのシーンは、いくつかの印象的な部屋の中で展開する。部屋には外からの光と風が入ったり、扇風機が単調に空気を回していたり、または息の詰まるような密室だったりする。カメラ男子の暗室も大変ヤバかったが、ここではあの夫婦の部屋について。

夫婦の部屋には、これでもかと“文化”が飾ってあった。絵、壺、面、人形...どっちが買ったんだろう。書斎にもあるし、妻?
強迫的なほどの密度で、それも無節操に飾られているように感じたが、台湾ブルジョワ的には普通なのかもしれない(知らない)ので強くは言えない。
夫は小説を読まないし、本の積み方ひとつからも、全く書斎になじまない人間なのだという感じだ。書斎は妻ひとりのために用意された、風の吹かない密室で、ここで彼女は密かに窒息していった。

自分が彼女には不釣合いではないか、という負い目を当初から感じていた夫は、妻の領域にタッチすることを避けていた。邪魔せず、妻の思うように暮らさせてやる、というのが彼の大義で尊厳だが、妻の心が既に離れつつあることを感じていて、決定的破綻を恐れていたようにも思う。
この日常をこれまでなんとか続けてこられたこと自体、彼にとっては既に大きな達成だった。が、彼女にとっては全く違った。
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