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ロスト・イン・トランスレーションのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.3
 ヴァーミリオン色の下着姿で丸まって眠る女の姿、その背中はどこか寂しげに見える。タクシーの中でうたた寝する男はふいに目覚め、新宿の夜景に面食らったような表情を見せる。その時、自身がモデルを演じたウィスキーのビルボードが目に飛び込んで来る。渋谷ハチ公前の三千里薬品のネオン・サイン、パークハイアット東京のロビーで男はコーディネーターの川崎氏から歓待を受ける。ウィスキーのコマーシャル撮影のため来日したハリウッド・スターのボブ・ハリス(ビル・マーレイ)。彼は滞在先である東京のホテルに到着すると、日本人スタッフから手厚い歓迎を受けるが、時差ボケと異国にいる不安や戸惑いも感じ始めていた。息子の誕生日の不在を責める妻リディアからの「アダムの誕生日だったのよ、お仕事頑張って」という素っ気ないFAX、200万ドルの仕事に意気揚々と来日した彼は気分が滅入ってしまう。部屋ではTVを付けっぱなしにし、手持ち無沙汰な彼はホテルのバーで葉巻きにウィスキーを口にするが、ここでもファンと称する一般人からの問いかけに少々うんざりする。一方その頃、同じホテルにはフォトグラファーの夫ジョン(ジョバンニ・リビシ)の仕事に同行してきた若妻シャーロット(スカーレット・ヨハンソン)が滞在中。彼女は新婚にもかかわらず多忙な夫にかまってもらえず、孤独を感じていた。

 東京に来た2人の異国人は、夢遊病者のように眠らない街を彷徨い歩く。初めての出会いはエレベーターの中、互いに言葉は発しないが、お互いの存在には気付いている。木曜の飛行機で帰りたいというホームシックな男は急遽、マシュー南(藤井隆)の仕事の依頼で週末まで孤独な生活が引き伸ばされる。連日、ホテルのバーで葉巻きにウィスキーを口にする男の元に、バーテンがあちらのお客様から一杯のお酒のサービスですとシャーロットの姿を指し示す。大学を卒業したての20代そこそこの女と中年ハリウッド・スターの関係は、本当の自分探しをする女と、中年の危機に瀕した男とをいつしか溶け合わせる。「言葉の違いから抜け落ちるもの」という原題を持つ今作は、我々日本人が見た東京と異国者のボブやシャーロットから見た東京のイメージのずれ、及びかつては愛し合った者たちの意識の齟齬とディスコミュニケーションを意味している。CMディレクター(ダイアモンド☆ユカイ)やコールガール(明日香七穂)、病院で出会う杖を突いた老婆とのディコミュニケーションは親しい人との間で起こる齟齬とも無縁ではない。互いを知らない赤の他人だからこその共鳴は時に、異国でも人生を揺るがすような大きなきっかけになる。ボブとシャーロットが見つけた心安らぐひととき、カラオケ館でシャーロットが付けたピンクのウィッグ、つま先が痛いとごねた車椅子、ドア下にそっと差し出された手紙、浴衣の上に羽織ったコートなど幾つもの印象的な道具立てが効いている。ボブの背中に触れるか触れないかの丸まったシャーロットの足先に集約される一瞬の刹那、雑踏の中での抱擁、ソフィア・コッポラはここでも処女作『ヴァージン・スーサイズ』のように、永遠よりも一瞬の刹那を大胆に繊細にたおやかに描き切る。

10夜目はソフィア・コッポラ特集です。
2018.02.22.(木)21:00~03:00 『映画の日 10』charge:500yen
@Music Bar LYNCH  栃木県宇都宮市二荒町8-12
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