垂直落下式サミング

水の中のナイフの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

水の中のナイフ(1962年製作の映画)
5.0
日曜日、夫婦が車を走らせていると、一人の若者が車道に飛び出してくる。これから湖にヨットを浮かべて休日を過ごす予定だった夫婦は若者を受け入れ、風を操って水の上を走りながら共に楽しんでいたが、夫が若者のナイフを水中に落としてしまったことで、事態が急転する。
わずか三人しかいない登場人物の心理を見事に操りながら、ミステリアスにサスペンスフルに思わせぶりに、終始緊迫した雰囲気で最後まで観客を引っ張っておいて、結局何も起こりませんでしたと静かに幕引きとなるわけだが、多くの有名監督の初期作品がそうであるように、予算をかけずとも演出方法や撮影のセンス次第で、面白いものはいくらでも撮りようがあるということを証明するかのような作品となっている。
まず、道沿いの並木の木漏れ日が走行する車のフロントガラスに映っては通り過ぎていくオープニング。いきなり映画の世界に引き込まれる美しさだ。
桟橋の上では、被写体を膝下からローアングルで見上げるショットで撮影しており、なんのことはない場面に仰ぎ見るようなダイナミズムを演出している。そして、夫が若者を呼び止めるシーンでカットが切り替わり、はじめて人物の顔の目線にまでカメラ位置が上がると、水面が陽の光を弾いて乱反射し、白黒の世界に希望が生じる。ストーリーが動きだす瞬間を視覚的な表現で描いてみせる、見事な手腕にハッとさせられてしまった。
アカデミー外国語映画賞にノミネートされているが、この頃は、世界中で社会主義国家に強い幻想を持ったり、過度に敵視し迫害するような運動があった時期だ。そんななかにおいて、欧州の思想取り締まりが少し緩んだタイミングを掻い潜ったとはいえ、共産党一党独裁体制のポーランドという国から、裕福な夫婦と若者がヨットにのってちんたら遊んでいるだけのイデオロギーフリーで頽廃的な題材の作品が出てきたということ、それ事態ものめずらしかったのかもしれない。
その後、プラハの春を転機として、再びソ連が東欧への思想統制を強化したことで、当然ポーランドもいっそう全体主義へと傾いていくわけだが、大政翼賛なぞまっぴらなポランスキーはとっくに西側に亡命しており、そこからさらに波瀾万丈な作家人生をおくることになる。