螢

外科室の螢のレビュー・感想・評価

外科室(1992年製作の映画)
3.7
泉鏡花の手になる同名小説の映画化。
鏡花の「余白の美」に、監督・脚本をつとめた坂東玉三郎が緻密に設計した「足し算の美」が見事に融合しており、日本美の世界を堪能できる作品。

僅か10分ほどで読めてしまう短編を、巧みな構成変更と合間合間に独自に差し入れた場面をもって組み直すとともに、目にも鮮やかな視覚的要素を加えて、50分の映像作品に仕立て直した監督の翻案力と美意識の高さには驚嘆せずにはいられない。

そしてなにより、多くの手を入れていながら、原作の魅力の最大の要である「余白」の部分には一切の手を加えなかった原作尊重ぶり。
原作の核をなす原文ままのセリフの使い方も憎たらしい程に粋でうまい。

映画は桜が咲き誇る春の小石川植物園から始まる。画家の男は、庭師の男と話しながら、一年前に起きた友人の悲劇を思い出していた…。

色とりどりの花咲き誇る植物園とは打って変わって、何もかも無機質で冷たい病院の手術室。
高貴で美しい伯爵夫人は、外科手術に必要な麻酔を頑なに拒否する。
曰く、「私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤は譫言を謂うと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快らんでもいい」と。
結果的に夫人の頼みを聞き入れた外科医は夫人の希望どおり麻酔なしで手術を行うけれど…。

「痛みますか」
「いいえ、あなただから、あなただから」

まるで世界に二人しか存在しないように振る舞う夫人と外科医の異様な様に、医師の友人ということで特別に手術を見学していた画師は、9年前に小石川植物園で出くわした些細な出来事を思いだす…。

ここから先、とても静かなのに、たたみかけるように途切れなく続いていく色鮮やかで美しい場面にはうっとりさせられる。

まるで運命の出会いがもたらした激しい恋心になぞらえるような、はたまた、後年の血が流れる悲劇を暗示するような、燃えるように赤い躑躅の群れ。
恋の儚さを暗示するように静かに揺れる柳のたおやかさ。

季節をあらわす藤色の着物を着こなした伯爵夫人役の吉永小百合の、上品ながら芯の強さを感じるのに、どうしようもなく儚く悲劇的な薫りを漂わせる美しさ。
年若い医学生を演じた加藤雅也が纏った、生真面目さと一途さを体現したような硬質な雰囲気。

もう、夢見心地で観てしまいました。
いかにも鏡花らしい文章の美しさを楽しめる原作と、坂東玉三郎の美意識を楽しめる映画と、どちらも本当におすすめ。
螢