あんがすざろっく

コンタクトのあんがすざろっくのレビュー・感想・評価

コンタクト(1997年製作の映画)
5.0
かなり長文レビューになっています。
僕の周りにも、何人か本作を見た友達がいます。残念ながら、そのほとんどが本作を評価してくれていない。理由は主に2つあるようで、1つは中盤の妙ちきりんな日本描写、もう1つは、異星人の姿のようです。まぁあの時代錯誤の日本考証は、確かにどうかと思いますが(笑)、僕はあの程度は目をつぶれるものだと思います。もう1つの方、異星人の描写ですが、これは異星人との遭遇を期待していた人には、肩透かしだったかも知れません。ですが、この作品を好きな人、評価している人は、このコンタクトは正解だったと思っているのではないでしょうか。僕もこの異星人の描写でなければ、作品は成立しなかったと思います。
SFという形をとってはいますが、この作品は科学的且つ信仰、宗教観を描いた人間ドラマです。ここで奇抜なエイリアンが出ては、単なる空想SFになってしまいます。

主人公はジョディ・フォスター扮する科学者のエリー。異星人とのコンタクトを探求している。
エリーが本気で異星人の存在を信じるのには、理由があります。幼少時に母を亡くし、父親の手一つで育てられたエリーは、小さい頃からモールス信号や天体望遠鏡に親しみ、宇宙への憧れを募らせていました。ある日、エリーは父親に問います。「パパ、宇宙人はいるの?」
父親は答えます。「さぁ、それは分からないな。でも、こう考えてごらん、この宇宙に人間しかいなかったら、空間がもったいないじゃないか」
こんなお父さんに育てられたら、間違いなくエリーのようになりますね。
僕がこの作品を大好きなのは、この明言が忘れられないからです。

しばらくして、その父親も突然の死に見舞われ、エリーはついに天涯孤独になってしまいます。
そんな彼女は、周りの忠告は耳にも入れず、自分の信じた道を進みます。それがいくら悪あがきに見えても、不器用に見えても。

やがて学者としての道を進み、天文台で研究を続けていたエリーですが、成果は上がらず、上司のドラムリンから「君のやっていることは絵空事だ」と、研究資金を打ち切られてしまう。失意に暮れるエリーですが、彼女の熱意に共感した資産家が、研究資金を提供してくれることに。こうして、エリーは天体研究を続けられることになります。
やがて彼女は、謎の信号をキャッチ、その発信源が地球より遥か彼方、琴座のベガからであることを突き止めます。
第一発見者であるはずのエリーですが、その成果を世渡り上手な元上司のドラムリンに、全て持っていかれます。
このドラムリンの憎ったらしさと言ったら‼︎でも僕はこの人間臭いドラムリンを演じたトム・スケリットの演技が大好きです。作中のテレビインタビューでドラムリンは、「私は信心深い人間で、神の御心のもとに職務を全うする」と公言しながら、エリーの前では「信じていれば報われる世の中ならいいが、現実はそうはいかない」とのたまう。美味しいところは全部持っていっちゃうんですよ‼︎こういう人、いるんですよね。

対するエリーはと言えば、実証主義の為に、信仰心を持たず、神の存在を信じていない。
そんな彼女の前に現れたのが宗教学者のパーマー(「インターステラー」のマシュー・マコノヒー‼︎)。二人はお互いに惹かれ合います。
信仰の話になり、「証拠のないものは信じられないわ」と語るエリーに、パーマーは問いかけます。
「お父さんを愛してた?」と。
エリーが「勿論愛してたわ」と返答すると、パーマーは一言。
「証拠は?」
台詞の一つ一つが、台詞で終わらず、血が通ってるんですよ。
キャラクターの人間性や成りをしっかりと表している。

話は戻り、ベガからの信号で、その中に宇宙空間移動装置の設計図を発見したエリー達。これは異星人からのメッセージなのかも知れない。世界各国の協力で、移動装置の建造が進む中、その装置の中に入って未知への旅に踏み出すのは誰か。委員会が設置され、乗員の選定が始まります。
勿論エリーも乗員リストのトップに。
パーマーは選定委員会の一人として。
選定会の席で、エリーは委員からの様々な質問に答えていきます。
そして、パーマーはエリーが実証主義であることを知った上で、究極の質問をぶつけるんです。
「あなたは神を信じていますか?」
エリーは答えに窮します。
自分に嘘はつけず、神の存在を認められないエリー。
結果、彼女は乗員には選ばれません。
この後、エリーはパーマーを問い詰めます。
どうしてあんな質問をしたのか、と。
パーマーは答えます。
「人類のほとんどが何かしらの信仰を持っている。その人類の代表に、信仰を持たない人を選ぶわけにはいかない」
でも本音は違いました。
「君を失いそうで怖かった」と。
異星人と遭遇できたとしても、無事地球に戻れるか分からない。ましてや、この先どうなるのか、本当に宇宙へ旅立てるのかさえ、誰にも分からない。

映画はここから後半へと雪崩れ込みます。
宇宙空間移動装置は本当に完成するのか?本当に移動装置なのか?誰が装置に乗り込むのか?そして、本当に異星人とコンタクトできるのか?人類にどのような影響を及ぼすのか?
全てが前人未到の旅の果てにあるものは、何なのか。

結構長くなりました、自分でもこんなに長くなるとは思わなかった(笑)。
あれも書きたい、これも書きたいと書いてたら、こんなになってしまいました。
今回レビューで、随分映画の台詞を引用させてもらいましたが、やっぱり、台詞が良いのですよ。
これは原作者のカール・セーガン氏の人生観であるとか哲学が大いに盛り込まれている訳で、だからこそ台詞を通り越して深く心に残るんです。
もっともっとこの作品の素晴らしさを伝えたい、「日本文化を勘違いしてる」とか、「エイリアンのデザイン思い浮かばなかったのかよ‼︎」とか、そんな小さいことに拘らず、もっと大きな括りで作品を見てもらいたいです。
このレビューを書いてて、自分でも分かったことがありました。僕はこんなにこの作品が好きだったんだなぁと。台詞の引用ばかりでしたが、なんだか、映画の力を借りて書けたレビューのような気がしました。文章が行ったり来たりで、読み辛かったかも知れません、読んで頂いた方、ありがとうございました。もっと上手にレビューを書きたかったですね。それこそエリーと同じ心境です。
詩人を連れてくるべきよ。
あんがすざろっく

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