さすらいの用心棒

黒い画集 あるサラリーマンの証言のさすらいの用心棒のレビュー・感想・評価

4.3
ごく普通のサラリーマンが浮気を隠すために殺人罪で嘘の証言をするが、やがて引っ込みがつかなくなり泥沼にはまり込んでゆく・・・。

『張込み』『ゼロの焦点』『霧の旗』『砂の器』『影の車』と数多くの松本清張・原作の脚色を手掛けてきた橋本忍の一作。
まるで岡本喜八監督『江分利満氏の優雅な生活』のダークサイド版のようで見ていて悲しくなる。同じく平凡なサラリーマンで、同じく家庭をもって、同じくサラリーマンの悲哀があって、同じ小林桂樹が演じていてるにも関わらず、辿る結末はかくも違うのか、と。『江分利』で会社人の悲哀と愚痴をユーモアに包んで楽しく頑張っていたサラリーマンと、本作の追い詰められた獣のような表情のサラリーマンが容易に重なる。それは両者ともにまったく”普通の人”であり、普通の人を演じさせると小林桂樹の横に出る者がいないからである。他人事として見ることができなくなるからこそ、辛いし、苦しいし、上質なサスペンスになる。
脚本も素晴らしい。
どんなに足掻いて、もがいても、すべての選択、偶然が悲劇にしか向わない、この無力さと虚しさ。運命のような巨大なものの前で人間がいかに価値のないものか、ということを嫌というほど教えられる。
『侍』『切腹』『上意討ち 拝領妻始末』『仇討』『悪い奴ほどよく眠る』『八甲田山』『日本沈没』『白い巨塔』に連なる橋本忍のテーマを如実に表現したような映画だった。