品川巻

病院で死ぬということの品川巻のレビュー・感想・評価

病院で死ぬということ(1993年製作の映画)
5.0
病気の祖母に声をかけながら頭をなでる祖父の後ろ姿を思い出し、上映中、ずっと声を殺して涙を垂れ流すことしかできなかった。

これがもしも洋画だったら、家でスマホで観ていたら、ただの無機質なインディペンデント映画として流し見していたかもしれない。
目黒シネマは、思い出の映画館になった。

窓から見える変わり映えしない景色も、
コピペのような毎日を諦観する朝と、「自分の足が動くうちに愛する人に会いにいく」と決めた朝では、きっと彩度が変わる。

家族を残して旅立たないといけない父親の言葉は、別の言語で字幕にするとどうしても説明的になってしまっていたと思う。
細い腕で努めて残した彼の言葉を汲み取るためだけでも、日本人として日本の映画を観ることに意味があった。

隣同士のベッドで入院した老夫婦が、なぞなぞを出しながら夜を明かす。しかし間も無くして別々の病院で療養することなり、はなればなれになる2人。
いくらでも感動を煽れそうな再会のシーンも、仰々しさが全くない。ただ静かに寂しそうに愛を呟く場面は、小津映画の笠智衆を観ているようだった。

重病を宣告され、生への貪欲さを失いかけた人間のそばで、違う部屋のどこかから産声が聞こえる。
今を無心で生きる人々のドキュメンタリーは、死から遠ざかろうとする患者たちの嘆きや諦め、そして愛のあいだに挿入される。

抒情的なBGM。肉親の息が止まる瞬間の家族の泣き叫ぶ声。患者の青白い顔のアップ。心電図のフラット音。この映画には何もない。
そこに映るのは、がらんどうになったベッドと、次に入ってきた入院患者だけだ。

岸部さん演じる医者は患者の言葉に耳を傾けるいい人だけど、時たま難しいことを言ってるようで何を言ってるか分からない。こういう医者いるよな〜と妙に説得力があった。
患者にとって何が優しさなのか手探りしてしまう、医療従事者の方にしか分からない非力さ。当事者ではない私まで、画面を越えたやるせなさに押しつぶされそうだった。

見舞客がかける、気休めのような「元気そうだね」。私がその立場だった時、患者に同じようなことを言っていなかっただろうか。

「足が動くうちに妻に会いたい」「子どもの寝顔を1日でも長く見たい」
生きる原動力だけでなく、息を引き取るまでの行動範囲も、誰が決めるものでもないのかもしれない。