まりぃくりすてぃ

悪魔のいけにえのまりぃくりすてぃのレビュー・感想・評価

悪魔のいけにえ(1974年製作の映画)
5.0
銀河系内に存在するうちの最高映画。人類はこれを創ったり観たりするために地球に湧いた(←最先端の研究によれば)。
今さら言うまでもないことだが、わたしの夢は、全世界を治める独裁女王となってむこう5年間ぐらいこの『悪魔のいけにえ』(略して『AのI』)だけを全世界の全映画館で来る日も来る日も上映させつづけることだ。これ以外の映画を創る意欲を全人類から失わせたい。
これはべつに「ホラー映画」じゃない。単に、これこそが「映画」なのだ。映画とは、『悪魔のいけにえ』(略して『AのI』)のことなのである。

てことで、今回わたしは通算61回目ぐらいの鑑賞。劇場ではまだほんの2回目だ(少なすぎて恥ずかしい)。。
[新文芸坐]

人生初鑑賞は小学生時代だった。
怖い伯父伯母の家に正月に家族で泊まりに行ったことがあった。特に叱り屋なのは伯母の方で、幼いわたしと兄は会うたびに彼女にこまごまと注意されるので本当はそんな家に泊まりたくなかったのだが、旅程上どうしてもそこに一泊する必要があったんだと思う。
怖いマジメな人たちのくせに伯父伯母が、何を思ったか「正月だから映画でも観よう」と『悪魔のいけにえ』(略して『AのI』)のソフトをソファーで鑑賞することを提案した。
静かめにポテチなど食べながら。たしかソファーの色は白だった。
上映が始まって、わずか数分のことだった。何だか、可笑しくて、わたしはプッとなりそうになった。でも、誰も笑ってない。ひとり笑ったりしたら叱られる、と思い、おしとやかをキープした。
また少し経って、また笑いたくなった。叱られるというより、こういうのは笑っちゃいけないところなんだ、笑ったりしたらそれはわたしが頭おかしいということなんだ、と子供心に自戒をつづけた。
具体的には、車イスのデブ男が崖を転がり落ちるさまや、ヒッチハイクの男がヘンなやつなとこ。兄も父も母も怖い伯父も怖い伯母もちっとも笑ってないから、わたしはぐっと丹田(たんでん)あたりに力を入れて、普通に姿勢を正して観てた。
そのうちに、車イスのデブが「ブウウウウウッ、、ブウウウウウウウッ、、ヒヒヒヒヒーン」と拗ねて癇癪起こすところでいよいよわたしは笑おうとしたのだが、やっぱり一族の誰も笑ってない。わたしは、ひょっとしてわたしだけ精神異常なのかと悩みはじめた。そんなこと思ったのは人生初だった。たった十一年ぐらいしか生きてなかったけど。
ところで、そういう問題をおいて、映画の方は文句なくすばらしいのだった。画面の外に自分がいる感じが全然しない。画面内(その場面場面)にずっとわたしもいて、危険はわたしに襲ってこないけどとにかく間近にずっとある・その場面場面に参加してる感覚だった。といっても登場人物たちにそんなに感情移入はしてないから、ドキドキしながらもラク。ひたすらに、ひたすらに間近で見てる自分、なのだった。常に正しい撮影・正しい演技・正しい演出・正しい台本が機能してるからそうなってるんだろうけど、まあ技術の考察なんてどうでもいいや。とにかくすばらしいから。お手本だから。
で、後半のいよいよ追っかけられての大騒ぎのとこで、給油所のオヤジが車にえじき乗せて突っつくの見ててわたし、またまた笑いたくて笑いたくてしょうがなくて、さすがにちょっとお腹が痙攣してきた。これはホラー映画だから笑っちゃいけないんだ、と肝に銘じつづけて死にそう。
晩餐のとこの「ウウウウーーッ」「ホォォォウウーーー」で、ヒロインかわいそうなんだけどわたしはもう笑いをこらえすぎて暴れだしそになってて。。。
で、どこからかクスクスが。
その晩餐の「じいさま」らへんでクスクスクスクスが部屋のあちこちに湧いてるってわたし気づいて、、、次の瞬間、みんな笑いだしてんの。それで、わたし、初めて声出して大笑い。そしたら、兄も父母も伯父伯母も大笑い。あ、そっか、みんなじつは笑いたくて我慢してたのかな~って思ったらもう率先してわたしは笑い声をあげつづけた。
最後のチェーンソー再追っかけのとこはもうみんなの笑いも止まらなくなって。
──────記念すべき初鑑賞の顛末はそんなだった。

そして数年後にはわが家にも、『悪魔のいけにえ』(略してAのI)のソフトが存在しはじめた。元々映画好きの一家なのだった。家族四人、または兄妹二人での定期的な鑑賞会が何年もつづいた。
わたしや兄の友達が家に来ると、拡大鑑賞会となった。女の子も男の子もみんな大笑いして気に入って帰っていった。(既鑑賞の子も時々いたけど。)

やがてわたしが一人暮らしを始めた時、そのソフトはわたしについてきた。わたしは、新たに出会って親しくなったほぼすべての人にこの映画のことを言い、彼女ら彼らはアパートに遊びに来るたびにわたしに強制的にこれを観させられ、みんな楽しんで帰っていった。
わたしの友達になれる条件は、『悪魔のいけにえ』(略してAのI)を気に入ることだった。最初から気に入ってる人もたくさんいて、そういう人とは何十分もこの映画のいいところを語り合ったものだ。そしてやっぱりこれを一緒に観た。
女の子はこういうの好き系と嫌い系に分かれやすいから、わたしはあの手この手を使って巧みに彼女たちを洗脳していった。女子だけで四、五人でわたしの部屋で飲み会してそのままクレンジングもせずザコ寝するのがいつも楽しかった。男の子はほとんどの人が元々こういうの好きみたいだった。彼氏とかできるともちろん「これ嫌いとか言ったら別れるから」とニコニコ言い渡した。
数えたら既に20回以上の上映会がわが部屋で行われていたんだが、そして強敵が現れたのだった。それは、S香だった。彼女はまだ学生のくせに外出時は常にフルメイクしててブランド固めしててマニキュアと靴の色を違えたことがなく異性からは「爪女」と呼ばれてて、かわいい乱暴者のわたしとはなぜか気が合い、まあ一種の親友関係だった。
そしてある夜、終電逃したS香をわたしのアパートに泊めた。真冬だった。いつもどおり彼女はフルメイクちゃんだった。「ふっふっふ、あんたにもついにこれを観せる時が来た」とわたしは満を持してソフトをケースから取り出した。「疲れた。飲みすぎた」といつも以上にアンニュイな感じだった彼女は「そんなに面白いの?……」と不安げだった。わたしは「人生が変わるよ」と自信満々だった。
ところが、始まって十数分、それまで絨毯の上であぐらかいて見てたフルメイクの彼女が、ふいにゴロンと倒れた。わたしはジロッと彼女を確かめた。ちゃんと画面を見てくれてる。
彼女はその後も寝っ転がったままだった。寝てんじゃないだろうね、とわたしはたびたび彼女を監視した。頑張って彼女は目を開けつづけた。
だが、とうとう30分ぐらいで、彼女が眠ろうとした。わたしは、「起きてる?」と彼女を起こした。彼女はまた画面に集中した。
それからまた彼女が目を閉じてしまった。わたしはまた「寝ちゃダメ」とはっきり言った。
彼女はそれから少しして、また眠ろうとした。わたしは「起きてよ、絶対」と揺すり起こした。彼女はとうとう怒りだし、「もしつまんなかったら殺すからね」と起き上がった。
以後、二人ずっとちゃんと座って観た。わたしは笑いどころでひとりしっかり笑ったが、彼女からは笑い声は一度も湧かなかった。
そして数十分。映画が終わった。
「どうだった?」と元気よく彼女を見たら、「つまんなかった。最っ低だった」と彼女は言い捨てた。殺されるのかと覚悟したわたしだったが、攻撃はそれ以上はなかった。そろそろ明け方だった。
始発で帰ると言い張る彼女を、しかたないから駅まで送ってあげ、その途中でホカロン代わりに缶コーヒーをおごってあげた。彼女は言葉少なだった。げっそりしてた。死に神みたいだけどキレイだった。同じく一睡もしてないのにわたしの方は、良い映画のおかげでその時お肌すべすべしてた。

ほか、想い出は尽きない。。。。

今回の劇場鑑賞で、もちろんわたしは笑いつづけた。声をまったく出さずに体もほとんど動かさずにひとり静かに静かに静かに笑いつづける特別な笑い方を既に会得してるわたしだけができることだ。この名作用の笑いだ。銀河系に生まれて本当によかった。