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小三治のikumuraのレビュー・感想・評価

小三治(2009年製作の映画)
4.1
【お茶目な求道者・落語界のイチロー、小三治師を愛でよ】

非常に地味な、基本的には落語ファン向けのドキュメンタリーなのだが、
僕の友人はなぜかこれをみて小三治師匠、そして落語にハマった。
それ以来気になってはいたのだが、制作会社に直接注文しないと手に入らない。
で、今回やっとみられた
(真打の噺家さんはすべて師匠と呼ばせていただきます。
アタクシはどなたの弟子でもござあせん(笑))

柳家小三治師匠はご存知人間国宝、
(この映画の時点ではまだなっていない)
小林聡美を始め崇拝者も多いし、
僕も正直、昭和の名人のCDを聴いて育ってきたもので、
存命中の噺家さんの中で、「ホンモノの古典落語」の粋を感じられるのは小三治師だけだと思う。
だからといって他にも素晴らしい現役の師匠はいっぱいいらっしゃるし、寄席にももっと通いたいのだが、それはそれとして。

小三治師のすごいところは、ウケよう、とか、上手くやろう、というところが微塵も感じられない、
なのに客として自然に笑い、感動してしまうところである。
(アタクシが一番好きなのは、厩火事。)
しかし師匠も昔からそうだったわけじゃない。
むしろなまじ上手くて生意気だった時代もあったそうだ。
昭和の名人の一人で、三遊亭圓生という師匠がいて、
アタクシも大好きなのだけれど、この人は型にこだわるし、臭い。
ご本人はいいのだけど、下手に真似をすると、とても見てられたものではなくなる。
自分で見たことはないが、小三治師も圓生師のようにやってたことがあるそうだ。
そしてウケて、人気もあった。
なんせ入門十年で17人抜きの真打抜擢を経験したのである。
しかし小三治師の直接の師匠、先代の小さん師匠は彼の芸をなかなか認めなかった。
「お前の噺はつまんねえな」と一言、この頃言われたことを小三治師は今でも語る。
(ちなみに柳家の師匠は大抵自分の弟子に稽古をつけないそうだ。
芸人としてのしつけが大事、師匠の背中を見て自分で考えろ、
という、これがただの綺麗事なのかどうか、まあそれもまたそれとして)
目の前のお客さんはウケてるのに面白くないと言われる自分の芸、
落語の面白さってなんなんだ??
小三治師の芸道は、すでに噺家としての武器を存分に身につけた師匠が、
捨てて捨てて、研ぎ澄ませていく、
人間国宝になろうが変わらない、その過程なのである。

と、前置きが長くなってしまいましたが、
このドキュメンタリーは、そんな小三治師の高座や旅興行、私生活に密着して、
その芸道に自ずから語らしめる作品である。
インタビューをされても、答えの方が謎かけのような、
それで言い終わってドヤ顔してこちらを向く、
うーん、これ、誰かに似てるな・・・
あ、イチローじゃん!
よく見ると顔もなんだか似てませんかね。

前置きでは、ストイックな小三治師のイメージを挙げたけど、
ここにはスキーを楽しみ、ハニートーストを頬張り、歌に挑戦する師匠も出てくる。
好奇心旺盛でいろんなことに手を出さずにいられない。
この可愛さは師匠が演じる人物のなんとも言えない可愛さにも繋がる。
直接噺に生きるとも限らないだろうけど、
高座に出てくるのはそれぞれの噺家の生き様なのだと改めて実感。
親友・今は亡き入船亭扇橋師匠始め、周りの人たちが語る小三治師匠も興味深い。

リウマチに悩まされ、薬を毎日大量に飲みつつ、
凛と背筋のまっすぐな師匠の座り姿のカッコよさよ。
完全に個人的な感想になってしまったが、
全力で師匠を愛でてしまった。

最後は、入船亭扇橋師匠にせがんで教えてもらった鰍沢という噺をやる。
小三治師ほどの人でも、他の人の得意演目をやる時は筋を通す、
落語界とはそんな世界なのだ、とも思うし、
芝浜の三木助師匠にまず弟子入りし、
その死後は小さん門下、
例の圓生師匠にも可愛がられ、
江戸落語のいろんな面を受け継いで継承に一役買ってきた扇橋師匠の素晴らしさも偲ぶことができる
(入船亭の現役の師匠方もどなたも本当に素晴らしい)

鰍沢は圓生師の得意演目でもあったわけだが、
小三治師の鰍沢は圓生師とも扇橋師とも違う。
研いで研いで、研ぎ澄まされた鰍沢。
繰り広げられる人間ドラマに観客も聞き入り、やがてオチ。
師匠が何度も頭を下げる中、幕が降りる。
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