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デッドマンのnetfilmsのレビュー・感想・評価

デッドマン(1995年製作の映画)
4.3
 死人とは旅をせぬ方が良いというベルギーの詩人アンリ・ミショーの言葉、ビル・ブレイク(ジョニー・デップ)はうとうとしながら、列車の揺れの中で目を覚ます。勢い良く回る列車の車輪、男は窓の外の風景に目をやると、美しき西部の光景が拡がっている。オハイオ州クリーヴランド、エリー湖のほとりからやって来たビルはフィアンセがありながら破談し、両親の葬式の残金でこの地へやって来ていた。見知らぬ乗客たちの目、黒いバッファローを見つけるや否や、窓側から銃を構え黙々と弾を撃ち込む非情さ。ここは地獄だという旅人の言葉、ディッキンソン金属工業の街マシーン。数ヶ月前に貰った雇用通知書を持って、会計士ビル・ブレイクはこの街に踏み込むが、街はカフカ的な奇妙な住人たちの姿で溢れかえる。事務所に勝手に入ったビルは工場支配人ジョン・スコフィールド(ジョン・ハート)と相対するが、1ヶ月遅かったとけんもほろろに強制送還されそうになる。社長に会わせて欲しいと懇願した男は、恐る恐る社長室のドアを開けるが、そこには猟銃を持ったジョン・ディッキンソン(ロバート・ミッチャム)が待ち構えていた。傷心のビルは飲み屋のドアを開き、ウィスキーを1本開ける。だが目の前で花売りの女セル・ラッセル(ミリ・アヴィタル)が酔っ払いに突き飛ばされる。送って帰った女の部屋、男はセルと一晩の関係を持ったが、はずみで彼女の元カレであるチャーリー・ディッキンソン(ガブリエル・バーン)を殺してしまう。

 かくしてセルとチャーリーの2人を殺したとして、賞金首になった男は末息子チャーリーの復讐を決意したディッキンソン工場の社長ジョンに命を付け狙われる。熊の剥製に優しく話しかける変人が雇ったのは、3人の名うての殺し屋に他ならない。コール・ウィルソン(ランス・ヘンリクセン)、コンウェイ・トゥイル(マイケル・ウィンコット)、ジョニー・ザ・キッド(ユージン・バード)、ジョンに雇われた3人の殺し屋はまだら模様の馬に乗った手負いの賞金首を追う。息も絶え絶えになりながら、心臓のすぐそばに弾が命中した男は、白人ではない奇妙な男ノーボディ(ゲイリー・ファーマー)に助けられる。ネイティブ・アメリカンの彼はビル・ブレイクを死んだ詩人のウィリアム・ブレイクだと信じて疑わない。「デッドマン」と称された男はノーボディに導かれながら、森の中を当て所なく彷徨う。一向に傷跡は回復しないものの、弱腰のガンマンで賞金首の男はやがて驚くべき能力を明らかにし、生と死の境目をも超越しようとする。モノクロームで表現されるロビー・ミューラーの明暗、ラッシュ撮影時に1発録りで録音されたニール・ヤングの音楽、ビルとノーボディとのノンバーバル・コミュニケーション、初期に舞い戻ったかのような独特の黒みは主人公の意識の混濁を表している。これまでのジャームッシュ映画のヒーローの中で、最も中性的で美しいジョニー・デップは、朦朧とする意識の中で肉体の痛みを越えた精神の解放を得る。ジャームッシュ唯一の西部劇にして新境地に挑んだ今作は、西洋的な死生観から東洋、先住民的な死生観への共感を明らかにする。その映像はどこまでも静謐で美しく、儚い。
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