えいがうるふ

ファッションが教えてくれることのえいがうるふのレビュー・感想・評価

3.8
原題は'The September Issue"。多岐にわたるアナ・ウィンターの仕事の中からとりわけ重要な季節行事とも言える9月号の進行に焦点を絞ることで、彼女一流の仕事の流儀を垣間見せる内容と伝わる粋なタイトルだ。ところが例によって恐ろしく無粋な邦題がそのルックスを台無しにしている。この邦題、アナは納得しているんだろうか。

ともあれ自分がこの映画で何を教わったかというと、何を着ているか?という表面的なこと以上に「ファッションに対する姿勢」にその人物の生き様が顕れるということだ。

アナ・ウィンターにとっては生きることとは常に他者との闘いであるので、戦闘服たるファッションには常にスキのない完璧さが求められるのだろう。
その証拠に彼女の毎日の「戦闘服」は卓越したセンスはもとより非常に戦略的に選ばれている気がした。いずれも素晴らしいのはもちろんだが、それぞれの場においてどう自分を演出すれば一番有利な立場を保てるか、あくまでもそのための完璧な装備としてのファッション。だからこそ、そこに間に合わせや半端なものが入り込むすきは全く無いのだろう。
正直、身近に居たら疲れる人だろうなぁと思う。遠くから「すげー」と眺めているぐらいが一番面白い。

一方、彼女の右腕ともいえるグレイスのファッションは対照的で、仕事場においてもかなりラフ。見た目よりも着心地や機能性を重視しているようにも見える。つまり、彼女にとっては人生は他者との闘いに勝つことが全てではなく、もっと内面的なものをQOLとして大切にしているのだろうと思えた。
気合を入れて作り上げた写真を何度もアナにばっさり却下されていたけれど、旧いものや生身の人間の自然な姿にも美しさを見出す彼女の作り上げる作品世界は個人的にものすごく素敵に見えたので、アナの息のかからない彼女オリジナルのファッション写真集があれば是非じっくり見てみたいと思った。

「プラダを着た悪魔」のレビューにも書いたが、常に斬新さとユニークさを求められ混沌としているファッション業界には、アナのように時代を先どる鋭い嗅覚と有無を言わさず大鉈を振るえる絶対的なリーダーシップを持つ人間が必要なのだろう。一見何でもアリで無秩序にも見える世界だからこそ、絶対的な基準となる存在が強引に進むべき道を示さなければかえって混乱することもあろう。
長年その重責を堂々と背負って今も一線で働き続けるアナはもはや存在がフィクションじみている凄まじい人だ。きっと回遊魚のように死ぬまで全力で泳ぎ続ける人なのだろう。

ところでちょこちょこ出てくるド派手な巨漢、アンドレ・レオン・タリーのキャラが気になりすぎる。
思わず調べたら本人が今年1月に逝去していてびっくりしたが、何故かアナからの追悼文が見つからない。後に決別したというアナとの関係の背景も気になるし、日本未公開の彼のドキュメンタリー「The Gospel According to Andre(2018)」も是非観てみたくなった。