歌代

エスターの歌代のレビュー・感想・評価

エスター(2009年製作の映画)
4.4
ホラー映画は、僕にとってはエンタメ的仕掛けを楽しむためのジャンルです。
このジャンルにおいては作り手が内省的になりすぎてはいけず、観客を怖がらすという「エンタメ精神」が必須です。
しかし、怖がらすというのは観客の内側を揺らさなくてはいけない。
「こういうものを作りたい」というエゴと、エンターテイメントという他者との折り合いのつけ方を期待してる•観たいところが大きいです。

『エスター』はそういう意味で大傑作なんじゃないでしょうか!

3人目の娘の死産から立ち直るため、養子を迎えることにした夫婦。
孤児院で出会った女の子エスターを娘に新生活を始める…はずが。
初めは聡明で行儀のいいちょっと個性的なだけに見えたエスターに少しずつ違和感を感じ始める。
やがて、息子と聾者の娘に凶暴な一面を見せるようになり…。

エスターは一体何を考えているのか?
その真相の仕掛けがまず面白く、実際物語後半の大きな展開に繋がるわけですが、それ以外の仕掛けが超面白い!
アイデアが豊富なんです!

ジェームズワンを思わせるような2000年代アメリカホラーっぽいカメラワーク(特に部屋と廊下を真上から映すカットとかはそれを感じました)だったり、シチュエーションの面白さ。繰り返される雪景色からカメラがゆっくり上がっていくショットも効果的。
散々"追われる側"の視点を描いてからの"追う側"視点への切り替わりなど…超楽しかった!
また、音の演出も面白かったです。
音楽含めやや過剰なんですけど、引くところでしっかり引く感じは見事!
「くるぞくるぞー!」って感じの定番ホラー演出だったり、エスターが描く絵の仕掛けなんかは馬鹿馬鹿しすぎて爆笑したんだけど、それも愛嬌としてものすごく楽しめたし、ただ馬鹿なだけじゃなくて程よく情報量もある。
特に絵の裏側の壁…、何が描いてあるかというのが大胆すぎて笑ったんだけどエスターの中の欲望がすこし垣間見えて胸に残るのです。

そう、特にこの映画の素晴らしかったところは、賑やかなホラー演出のバリエーションだけでなく、エスターそのものが"哀しみ"を抱えている存在であることがひとつまみ加えられてるところだと思うのです。
(彼女の正体はネタバレなので書きませんが)エスターの「こうしないと生きてこれなかった」や「絶対に叶うことができなかった欲求」がさりげなく描かれてることで「彼女もここまで彼女なりに必死に生きてきたんだな」と思わせられる。

エスターはさりげなく触れられてる程度ですが、夫の浮気した10年前の過去、主人公のアルコール中毒だった過去や凍結した池でのトラウマなど…「映画では描かれていないそれぞれの過去」と戦うお話が軸にあるのが良いんですよね。
それを踏まえるとラストの場所は…というのも熱い。
それを言葉では一切語らないし、役者の演技などでもそこを匂わせないところが行儀がいい。
賑やかなサービスの裏でお話がかなり練られてるところも好きでした。

しかし今書いたことよりもなによりも、この映画はエスター役の子の演技に全てがかかってると言っても過言ではありません。
そここそが1番重要なわけですが…これが本当に凄いんです!
ただ、猫をかぶってる女の子に見えてはいけない!
巧みに家族を支配していくような恐ろしい賢さと、彼女の正体を裏付けするような表情と、子供らしさを全部内包していないといけないわけです。
これが特に前半活きてた!
「え!?どっちなんだ!?何考えてるんだ!?普通の女の子!?」まんまと揺らされました。
実は自分は正体をあらかじめ知った上で観てたんだけどそれでも前半はまんまと揺らされたー!
そして正体がわかる瞬間!彼女の"あるもの"が物理的に崩れて、滲んだ顔が映されるとき、バカっぽく見えず本当にゾッとするような表情になってる•見えるっていうのもそこまでが活きてるからなんだよなと思ったり。

いやー楽しかったー!ジャンル映画に興味がある人に一作目に観て欲しいような素晴らしい一作です!前日譚が楽しみー!
歌代

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