平野レミゼラブル

刑務所の中の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

刑務所の中(2002年製作の映画)
4.0
【世界で一番美味しいアルフォートの食べ方】
つい先日、ヤンマガWebで『ごくちゅう!』という漫画の連載が始まりました。
美少女×軽音楽部で『けいおん!』、美少女×キャンプで『ゆるキャン△』となるように、「美少女×○○」はゆるふわ萌え漫画が出来上がる魔法のフォーマット!『ごくちゅう!』も例によってそのフォーマットに則ったゆるふわ萌え漫画なのですが、その〇〇に入る言葉というのが「刑務所」……可愛らしい絵柄に反して、出てくる美少女は全員囚人であり、その罪状も「大麻取締法違反(累犯)」、「業務上横領」、「傷害」と全然可愛くない!!
ジャンルは「可愛くても前科者☆ゆるふわ獄中コメディ♪」とのことですが、なんかもう絶対にアニメ化とか無理だろ!!ってくらいに攻めまくり、尖りまくりな大問題作なのです。

https://yanmaga.jp/comics/%E3%81%94%E3%81%8F%E3%81%A1%E3%82%85%E3%81%86%EF%BC%81

んで、この『ごくちゅう!』を読んで思い出したのが本作『刑務所の中』。既にタイトルが異音同義ですが、本作も漫画が原作。漫画家の花輪和一先生が趣味のサバゲー好きが高じた結果、実銃不法所持(『ダーティハリー』の長いヤツ)による火薬類取締法違反で3年間実際に服役した体験を漫画化したものとなっています。
そして映画版はその内容を超忠実に実写化。刑務所の中という実際に行かなければ知る由もない非日常がつまびらかにされ、同じ日本でありながら全く違う生活ぶりに驚かされます。

刑務所が舞台ではありますが、雰囲気はカラッとしており全体的にほのぼのとコメディタッチ。主人公は原作同様に花輪先生(山崎努)ですが、彼と一緒に服役する雑居房の仲間は全員仲が良くてほっこりします。
というより、作中での会話とかやり取りとか、そのまま『ごくちゅう!』に転用しても可愛いままな気がする。寝転がってリラックスしている囚人に「ね~構ってよ~」と覆いかぶさってイチャイチャする姿とか、もうゆるふわ漫画にありがちなソフト百合描写ですからね!
まあ、実際にお出しされる絵面は香川照之と松重豊のイチャコラなんですがね……どっちかってと修学旅行中の男子中学生のノリだなって思ったら、看守にマジで「修学旅行じゃないんだぞ!」って叱られてテレビ視聴1カ月禁止の懲罰食らっていました。厳しい。

そんなほのぼの雑居房事情から察せられるかと思いますが、刑務所モノのフィクションでは必ずあるようなイジメ・シゴきも一切無いです。
無論、規則・規律が厳しく刺激も少ない単調な生活ではあるんですが、だからこそそんな中で思わぬ楽しみを見つけた時の感動はひとしおという。起承転結もない淡々とした地味な作品ではありますが、変に誇張もドラマも入れなかったからこそ、知的好奇心を満たしながら程良く楽しめる良い温度の映画になっています。


刑務所の中の暮らしで最も特異なのは、やはり厳しいにも程がある生活指導ですね。
移動時の歩数まで決まっていて、さらに指をピンと伸ばしてないだけで「たるんどる!!」と滅茶苦茶怒鳴られるってんだから本当に厳しい。刑務作業中に消しゴムを落としても、刑務官にいちいち許可を取らないと拾えないってのは有名ですが、いざ映像で見ると(なんでここまでせにゃならんのだ…)っていう山崎努の表情も相俟って馬鹿らしく思えてしまいます。
花輪先生が刑務所で一番嫌がっていたのもこの刑務官によってギチギチに縛られた生活なんですが、それも納得の不自由っぷりであり改めて悪いことは出来ないな…と思った次第。

逆に雑居房や運動場で得られる貴重な自由時間は非常に伸び伸びとしています。皆が自由を求めるからこそ、単純な会話で一喜一憂しつつ少しでも快適な刑務所ライフを送るための知恵をシェアし合うのもなんだか微笑ましい。
一部で嫌われている囚人はいるものの(虚言癖のティッシュマンやご機嫌取りのチクリ屋)、囚人同士で大きなトラブルになることがないのは意外ですが、ただでさえつまらん刑務所生活をさらにつまらなくしたくはないでしょうしね。存外、刑務所内のが人間平和でいられるのかもしれない。

花輪先生自身は銃刀法違反という特定個人に迷惑をかけたワケではない犯罪だったため、限りなく一般人に近しい善性と独特の着眼点を持っており、それ故の面白さってのもありましたね。
なんせ「娑婆に戻っても金が無いし、仮出所してもまたすぐに戻ってくるに決まってる…」と絶望している囚人に対して「暗くて好感が持てる。受刑者の中で一番好き!」って溢すくらいだから(笑)別れの時が近付いた時にニコニコ笑顔で「今度強盗してもさ、猛スピードで逃げちゃえばいいんだよ!親からも立派な身体があるんだからさ!」と激励を飛ばすシーンとか酷すぎるんだけど、謎の明るさと元気が貰えて思わず笑ってしまいます。
前述の嫌われ者のご機嫌取りのチクリ屋に対しても、刑務所内で快適に生きるために工夫を凝らしている部分に感心している節があったりで、彼の人間観察の基準も中々興味深く面白い。
刑務所内の暮らしでも新しい私物のパンツを買わずに頑なに支給品のパンツを穿き続けたり、乳首がデカいと噂の囚人を風呂で確かめようとしたり、刑務作業中にノルマを達成するまではトイレを我慢するなどの縛りプレイを課したりで、折角だから経験出来る経験は全てして、なるべく楽しんでから帰ろうという漫画家として全力で取材する姿勢が見えます。僕自身はそんな花輪先生のスタンスが好きになっちゃいました。
演じる山崎努も本作では全く重々しさがなく、刑務所内のあらゆる出来事に静かに一喜一憂する素朴な演技が滅茶苦茶巧かったですね。

同室の囚人も松重豊、香川照之、田口トモロヲ、村松利史と親しみやすく芝居が達者なバイプレイヤーズを揃えているので一々掛け合いが楽しい。
「俺、大麻が自生している場所知ってるから出所後に行こうと思うんだ!」
「いいな~俺も行きたい」
「大麻ってやっぱり体に悪いの?」
「そんなことないよ~(麻薬取締法違反の奴の言)」
「じゃあさ、出所したら皆でそこ行こうよ!」
「いいね、弁当持ってさ」
「連絡先交換し合おう!」
酷すぎて滅茶苦茶笑った(なお連絡先交換したのがバレて全員懲罰房に入れられるオチ付き)。

あと特筆すべきは飯描写の細かさ。刺激と娯楽不足の囚人たちにとって、毎日一番の楽しみは自然ご飯時となるワケで、麦交じりのご飯や茶色の具がちょこちょこという質素さだってのに、それはもう美味そうに描かれるんだ。
メシをいかに美味しくいただくかに全力だから、ご飯に醤油を垂らして食べたら思わず「うまっ!」と口に出したり、「この時の為だけに毎日頑張っている」と心中で呟く姿は『孤独のグルメ』を連想させますね。ただ、ゴローちゃんこと松重さんは早食いの達人で「その気になりゃこれくらい1分以内に食い切れるよ」と味わう気が一切なかったのは残念だったり。

刑務所内の話題の大半もメシ絡みであり、これまで正月で出てきた普段より豪勢な食事メニューを列挙するシーンなんかは、こりゃたまらんよだれズビっ!!級の飯テロっぷり。
また囚人たちは甘いものに餓えているため、いざ甘味を食すって時の描写は一段と美味そうになるのも堪りません。月に何度かのパン食で、パンに小豆やマーガリンを塗って食べる時の演出なんて神懸かっています。

そして、それらを超えるキング・オブ・美味そうな刑務所グルメこそ、アルフォートと缶のコーラ!!これは模範囚として過ごした囚人が月に1回得られる「集会」の特権でして、本作では田口トモロヲが『キッズ・リターン』を観ながらコーラを飲み、アルフォートを蕩けるような笑顔で1枚ずつ口に入れては堪能していました。
もうこの薄暗い中でアルフォートが何枚残っているか名残惜しそうに確認しつつ頬張る姿の多幸感がとんでもないんだ……間違いなく世界で一番美味そうなアルフォートであり、そして世界で一番美味しいアルフォートの食べ方でもあります。
こんなグルメ体験が出来るのであれば、一度くらい刑務所に入ってみるのも悪くない気が1cmくらいは湧いてきますね……(刑務所に入ることは悪いことです)


いや『ごくちゅう!』の影響で久々に観ましたけど、本当にわざわざ女体化しなくても良いくらいにはゆるふわしていましたし、しっかり面白い作品だってのを再確認しましたね。多分、今後『ごくちゅう!』でもアルフォート上映会に近しいことやるんじゃないのかな?
ただ、ゆるふわしすぎていて起承転結は全くありませんし、エンドロールの入り方も「あっ、ここで終わるの!?」って感じの作品なので好みは割と分かれるかな。
100%男だけの漢祭りなのに、ホモソーシャル特有の近寄り難いノリになっていなかったのは改めて凄いことだなと。流石に下ネタは飛び出るけど、それでも意外とお上品というか慎みがある程度に抑えてありますし。

しかし『刑務所の中』をこうやって面白く実写化出来るなら、『ごくちゅう!』のメディアミックスもあながち不可能ではないのでは?とも思えてきますよ…!
アニメ化は流石に無理でも、こう実写化だったらギリイケるような……出来得るなら乃木坂とかE-girlsとかで……えっ?秋元先生やHIROさんが許さない?駄目かァ~~~!

まあ『ごくちゅう!』実写化計画はともかく、本当に本作は面白いんで興味持ったなら是非に観賞してみてください。もちろん上映のお供に袋入りのアルフォートはお忘れなく……!

オススメ!!!