原作の読後感の余韻が残るままにレンタル。オールキャスト107人で680強のページ数を、極力原作準拠のまま160分に圧縮するのはなかなか見れない意欲作で呆気にとられる。キャストの異様な豪華さに反して、ビュッフェ感覚の人数が登場するから情報量の暴力。
ワンシーンでもこんな大御所が?!という方々の連続でメタ的に現実に引き戻されてしまいそうになるけど、とあるシーンで、通常では記憶に残らないようなあの端役に大山のぶ代を当てたことで、全然違う意味を持ってものすごく泣けてしまったりもした。これは映像だから成せる技。
どうしても読んだばかりなので比較になってしまうが、物語の内容としても、あの情報量と大量の視点からのエピソードを詰め込むから駆け足になってしまうのは否めない。が、よくよく考えてみると、そもそも原作自体が一気読みには向かない情報量と人物描写が綴られていくある種のトンデモ小説。(たしか元は新聞の夕刊連載だったはず)
登場人物の背景描写が映画では極力削がれているけど、削がないと二時間半にはならない。断片的な証言によって事件の全貌が遠回りしながら見えてくる(そして死者側の視点だけは聞けないからこそ、答え自体は存在しない現実) 原作ほど描き切るのは難しいけど、頑張って再現したと思う。
ルポルタージュ式にしたことで特集系ワイドショーバラエティの再現VTR&監督の浮遊ある作家性で独特で稀有な一本になった。役者達が揃いも揃って全員すっぴんなのも、過剰なリアリティさから一周回ってファンタジー。
現代でリバイバル実写化するなら、映画媒体よりは日曜劇場枠の連ドラでなんとか…というところだろうか。
それにしても、やはり宮部みゆきの凄まじさに愕然としてしまう。ソロモンの偽証と同様に、群像劇のスケールがデカさと人物の奥行きの緻密さが一本の映画…二、三時間の尺にまとめるのは、無謀なんだなとわかる。
実写化にあたってやたらと監督が作家性演出を派手にしたがる(中居正広の頭を爆発させたり、加瀬亮が宙に消えたり、エンドロールの「さつじんじけんがむすんだきずな」輪唱も♪)のも彼女の才覚になんとか太刀打ちしようとした痕迹なんだと思います。その痕跡を辿る楽しみもオツ。