TAKU

ポケットいっぱいの涙のTAKUのレビュー・感想・評価

ポケットいっぱいの涙(1993年製作の映画)
-
先日の試写会で『ストレイト・アウタ・コンプトン』を観て、『ボーイズン・ザ・フッド』見直そうかと思ったら、同じくギャングのストリートライフ系である本作を観ていないことに気づき鑑賞。

内容は、コンプトンの隣にあるワッツ地区で “殺られたら殺りかえす”というギャングの世界で生きている1人の若者の話。

父親がヤクの売人、母親がヘロイン中毒だったため、主人公の青年は高校を卒業する頃には立派なギャングになっていた。しかし、いとこが撃ち殺された現場に居合わせたことがきっかけで、彼は「こんな場所で生きていたら自分もいつか死ぬのでは?」と葛藤し始める。

しかし、どれだけ現状を変えようと考えていても、“生きる”か“殺す”の二者択一の世界しか知らないので、そこから飛び出すことに躊躇する。高校の教師が主人公に言う「黒人がアメリカで生きるというのは大変なことだ」という台詞は胸に迫るものがあった。

主人公がギャングのメンバーなので、劇中で数々の犯罪が描かれる中でアヴァンタイトルの酒屋強盗の場面が強烈。些細ないざこざで主人公の友人が、酒屋のオーナーである韓国人夫婦を射殺し、金を奪って、「酒を買いに行って、強盗殺人犯になるなんてここじゃ良くあること」というナレーションが流れるシークエンスだけで、いかに危険極まりない世界なのかが理解できる。

本作を観ていて、90年代のL.A.における黒人社会がどんなものなのかが知れて、興味深かった。特に、主人公が所属しているギャングでは、メンバーじゃない伊達男やブラックムスリム教徒の若者が主人公たちと仲良くつるでいるので、ギャングという括りよりも人種同士の絆を重んじているのかなぁと思ったりした。

『ストレイト・アウタ・コンプトン』繋がりで言うと、劇中でN.W.A.の“Dope man”が流れたり、Dr.ドレの発ソロアルバムの“クロニック”が台詞の中に出てきたりと、L.A.の黒人社会(特にギャングたちの中)でギャングスタラップがどんな風に流行っていたのかが分かって面白かった。

また、10代で親になったり、黒人というだけで警官に逮捕されるという『ストレイト~』で描かれたようなディテールもあった。

ちなみに、ワッツ地区について調べてみるとコンプトン以上に危険な場所で、5 km²(千代田区の面積の約半分)の中で毎日3人射殺されているとのこと。そのため、ワッツが管轄の警察官の月給が8000ドル(90万円)だそうな。警視庁の警察官の初任給が23万円。

アメリカへ旅行に行ったら、ギャングがわんさかいるL.A.サウスセントラルのバス・ツアーに参加したいなぁ。