ミスティック・リバーのネタバレレビュー・内容・結末

ミスティック・リバー2003年製作の映画)

MYSTIC RIVER

製作国:

上映時間:138分

3.7

あらすじ

「ミスティック・リバー」に投稿されたネタバレ・内容・結末

“市警の事件だが公園は州の管轄だ, 死体が中なら事件は我々(州警察)が扱う”

↑は、ショーンとパワーズが序盤に交わす、妙に説明的な会話。
ボストン市警(BPD)ではなく州警察のショーンが、故郷の事件に首を突っ込まざるを得なくなったのはケイティーが公園内で発見されたからでしたが、
これが伏線になっているからショーンは終盤、ジミーを裁けないのか?と解釈してた(=管轄外で越権行為に当たる)んだけど、違うんだろうか?
なにぶん、この辺りの事情に不案内なので間違っているかもしれないけれど、管轄について触れるのはこの会話だけで分かり辛い事から、“ショーンは何故ジミーを罰しないのか?!” と余計な誤解を招く温床になってしまっているように思えて、些細な事たけど残念な気がします。それにしたって過小評価な気はしますが😂。



ある事件を機に 別々の道を歩んできた3人を
ある事件が再び結び付け 望まぬ再会を強いる
セメントに名を刻んだあの日から止まったままの時間
1人は刑事, 1人は容疑者, 1人は被害者の父親に姿を変えて
25年の歳月を経た今, 3人の時間は再び時を刻み出すー.

“あの日、車に乗せられたのが自分だったら...”
些細な “タラレバ” によって思わぬ方向へ転がり堕ちてゆく, 運命の綾。
「不思議だな、人生は何気ない選択で変わる」と愛娘の死を嘆くジミー。
音声解説では「話さなければ(人々は)忘れる」という、原作の台詞を紹介していた。

トラウマから殺人を犯し、それを隠そうと嘘を重ねて己を追い込んでしまう弱者, デイブ.
娘殺しを疑いデイブを殺め、誤解と知るも保身の為にダンマリを決め込む街の王様, ジミー.
罪を罰する立場で真相を見抜きながらも管轄でないから?か, ジミーを罰せないショーン.

ホッケーからセメントに名を刻むまでの一連の場面で、キーパーをやらされてるのが象徴する様に気後れするデイブの性格の弱さをうかがわせ、
恋人ブレンダンと娘ケイティーの会話からは、怒ると手が付けられない父親ジミーの性分を伝える。

同僚パワーズ(フィッシュバーン)に “Divine (神の, 見抜く, 等の意味)” と呼ばれる、刑事となったショーンの帰郷とプライベートでは妻に出ていかれた問題を抱える近況を併せて観せる序盤が、登場人物の人となりを要領よく伝えてスマート。
ここから警官の制止を振り切らんばかりのジミーの慟哭までを起承転結の<起>とするならば、本作は<転>までを観せて<結>は描かず、観る者へ結末を委ねる形を取る。
例えばジミーの罪をショーンが市警に示唆したり、幼馴染みとして自首を促す描写でもあれば、デイブは報われないままではあるけれど話は一応収まるのだが。。

視点/場面の転換が恐ろしくスムーズな群像劇。捜査の進展と共に少しずつ明らかとなる断片が、歪(いびつ)な街の素顔を晒してゆく。
後出し的に明らかとなるレイ・ハリスの行方とジミーの罪、ブレンダンの弟レイと友人の罪、あの夜に犯したデイブの罪... 全てのパーツが出揃って漸(ようや)く全体像が見渡せるジグソーパズル。

真相を知りながら夫を庇(かば)い、守ろうと絆を深めるジミーの妻アナベスの強さと
真相を知らず夫が抱える心の闇も知らず、猜疑心から誤解して事もあろうにジミーに打ち明けて悲劇の引き金を引いてしまうデイブの妻・セレステの弱さの、妻同士の対比を良い悪いではなくただただ冷淡に描く残酷さ。
無言の電話で細々と繋がるショーンと妻ローレンが、夫婦の絆の何たるかを示すかのようだった。

あまりに自分本意なジミーとアナベス夫妻に憤りを感じるか、デイブとセレステ夫妻の脆弱な信頼関係・性格の弱さを責めるか、或いはジミーの犯行を確信するも職務を果たせずに復縁した妻子と幸せそうなショーンに怒りを覚えるか、、、受け取り方・解釈はコチラ次第。

十字架が印象的に映る劇中で “ディヴァイン” と呼ばれるショーンを文字通り神とするならば、その神が裁けぬ <罪> は誰がどう裁くのか?
作り手は、その辺り登場人物各々が背負う罪と罰を敢えて裁かぬまま締め括り、投げっぱなしジャーマンの如く観る者へ受け身を強いている。

パレードで視線が合ったジミーに、指で銃口を向けるジェスチャーをするショーン。
ジミーの罪を確信しながらもレイ・ハリスの時と同じく確たる証拠は無く、市警が動こうが恐らく起訴は難しい。レイの時と同様に残されたセレステへ送金しようが、それが罪滅ぼしになるはずもない。
ケイティーの死因はかつてレイ・ハリスが所持していた拳銃によるもので、レイの血を引く子の犯行は偶発的とはいえ結果としてレイを殺したジミー本人へ跳ね返って来た格好になる。
自業自得?因果応報?カルマ?何でも良いけれど、作り手は偶然とも罪の報いともどちらとも取れる余地を残して <運命の綾>を描く。
ジミーが背負う十字架のタトゥー、偽警官が嵌めていた十字架のリング、キリスト教?カトリック?解釈に<宗教>が絡む余地を匂わす用意周到さ。事情に明るければ辻褄が合う宗教的解釈や隠喩に気付けるのかもしれない。

「この河に罪を沈め、洗い流す」
清濁を併せ呑んで汚れを希釈する河川の如く、罪を洗い流すかの様に進むパレードの隊列が皮肉たっぷり。
ミスティック・リバーとはボストンを流れる実在の河川だが、どんよりと陰鬱なストーリーは書きかけの名が “ DA… ” のままコンクリートに固まった様に、あの日から止まったまま。何故デイブだったのか?そのやるせなさだけを虚しく残して。
25年前のあの事件さえなければ、
仲良しの3人のままであれば最後に行き違ってしまうこともなかっただろうな。
やるせないな。。。デイヴ辛かったね。。みんな悲しいんだけどね。。3人の行動それぞれに共感はできるし。。
ただ、とりあえずこの3家族の子どもたちが一番心配。あんまフォーカスされてないけど、彼らが大人たちから搾取されたり守られなかったりしたように、彼らの子どもたちもきっと大人の事情や欲望で都合良く育てられてしまいそう。パレードのシーンが特にカオス。。今後どうなるんだよ。。

てかジミーの嫁が最後急に狂気すぎるだろ。でもこのぐらい強くないと家族を守ることはできないのかなあ。セレステは。。あんた何も悪くないよ。。悔しいよね。。でもこれからは子どもにしがみついて生きていってしまいそうで怖い。パレードでの息子の表情がつらい。子育てむず。

ショーンペンしっぶかったな
設定から凄く好みだったし、人間関係のソワソワする感じが楽しかった。後味は結構悪いけど、満足度が高いサスペンス。
おそらく3人のうちの誰に感情移入するかで感じ方が変わる話。
話の流れや最後まで犯人がはっきりしないのは好みだがラストのパレードのシーンがとんでもなく胸糞悪い
「25年前この通りを車で去っていった」じゃねーわ!(このセリフ自体はすごく好き)
夫を失って群衆の中を彷徨うデイブの妻(この妻の感情の揺らぎも原因だが…)
銃で撃つジェスチャーしておどけて見せたりふざけ合ってるのも腹が立つ
このオチは受け入れられない

原作は未読なので読んでいたらまた感想が違ったのかな?

とにかく好きと不快が同時に存在する不思議な映画
不運なデイブ、過去のトラウマからくる正義感は時に人を狂わせてしまう。

ミステリーとして、とても面白かったです!犯人がわかってからの胸糞展開が辛かったですが。脚本がすごい、クリント・イーストウッドの頭の中すごい。

デイブが車で二度連れて行かれる、あのシーンの物悲しさよ。あの太っちょ刑事と同様に、私たち観ている側も、デイブを犯人だと疑ってしまう。
直接的に殺したのはジミーでも、確信が持てず混乱したセレステの一言でジミーを夫殺しに導いてしまう恐ろしさ。最後のパレードのシーンは、デイブの子どもの未来が不安になりました。

疑心暗鬼になっても自分で手を下さないでほしかった。刑事が一刻も早く真犯人を捕まえなきゃいけない理由はたくさんあるんだろうけど、もっと早く捕まってたらと思うと胸が痛い。

デイブ役のティム・ロビンス、哀愁漂いつつ、それでいて未来を諦めかけたようなあの無気力感がショーシャンクの時と正反対で、その感じを上手く表現していて、さすがですの一言。
よーするに犯罪者家族のクズ話。
背負ってくのは当たり前として🥓逮捕しろよ…警察が殺人を私情で隠蔽て…いつの時代の話やねん…。キャスト最強やのに残念でした。
デイブあまりにも過ぎん?????
後ろ盾もない犯罪被害者は不幸に一生終えろってか????
(結末クソすぎて無理だけど映画そのものは見やすく良く出来てた) 間違っても感動は無い。
不運な者は一生を不運で終わり、一方で力ある者は何をやっても責めを負わない。過ちに絶望し罪を受け入れるようにすら描いてくれない。
この上なく後味悪いけれど、この救われなさこそが、無理矢理な因果応報ストーリーより現実なのかも。
(あくまで個人の感想です。自分には合いませんでした。出来るなら0.5評価とかをつけたい。)

ミスティックリバー、なぜ見て数分で飽きてしまうのか問題。
多分音が少ない BGMがあまりない静かな映画だからかもしれない。
起きてる事象は色々ショッキングなんだけど派手な絵や盛り上がり等はなく終始淡々と物事が進んでいく。人間の会話をずっと聞いてる感じ。カメラワークも奇をてらったりはしてない。すごく普通。なので飽きてしまう。
クリントイーストウッド作品はジャージーボーイズ以外は私にはみんなそう…色々なことが静かすぎる。
メインである娘殺害事件も進むテンポが早いわけじゃないし、あの人がやったんじゃないの〜?みたいな目線でずっと見ちゃうから、一体犯人は誰なんだ!?的な楽しみもない。
半分の時点でとっくに飽きてたのですが評価も高く、後学のために見ました。
自分には合わないなぁと思いながら、何故合わないんだろう?と分析するためでもあります。
イーストウッド、俳優として映画に出てると、良いなぁとは思うのですが。
って見てたら様子が違くて、ふむ〜って見てたらえっ…てなって最後。
は?????????????
なん…なにあの女?あの女のせいでデイブ死んだじゃん えっ後味悪…なに言ってんの…よくパレード見て笑えるね…。サイコパスなのか?セレステもセレステでそんな話するなよ〜って思うけど。デイブがひたすら救われなくて終わった。なんだそりゃ。
も〜駄目だ演出がどうとかじゃなくて単純に好きな話じゃなかった…。なんで二時間かけてカタルシスも面白みもなく胸糞気分で終わらないといけないんだ…。
1%の希望、救いのために999%のなんでだよ感を楽しめるかどうかの話じゃないかな…。グラントリノもそうだったけど、得るものに対してそれまでの犠牲が莫大すぎて全然スッキリしない。
もう自分はクリントイーストウッド作品は見ない方がいいかもしれない。
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