SatoshiFujiwara

プラウダ(真実)のSatoshiFujiwaraのレビュー・感想・評価

プラウダ(真実)(1969年製作の映画)
3.3
ゴダールのジガ・ヴェルトフ集団作品を観ると言うまでもなく普通の意味では申し分なくつまんねえが、そのつまんなさ自体はつまんなくねえ感じ。村上ショージのすべり芸みたいなものか。音響と映像を合わないままに無理くりへばり付けたり分断する手法は、後年に至ってそれ自体がやや審美的な様相を呈しているが、ここではまんま粗野である。本作では2週間しかいなかったチェコで適当に(笑)カメラを回して撮った素材を編集でなんとか繫いでこの国を一方的に分析しまくるという映画。プラハの春→ソ連の軍事介入後の時期。

『ブリティッシュ・サウンズ』もそうですが、論旨の展開がいかにも性急というか、結論ありきであーだこーだ理屈をこねくり回している印象は拭い難い。ちなみに『ひなぎく』のヴェラ・ヒティロヴァは「西欧かぶれ」、ミロシュ・フォアマンは「修正主義者」呼ばわりされている(笑)。やたらと工場やら肉体労働者が登場するのはこの時期のゴダールに共通。本作では『中国女』とまでは行かないが「赤」がしょっちゅう登場します。あと、ゴダールには珍しくしばしばズームが登場(つまりは投げやり)。

あの時代を生きていなかったから実感として分からないんだが、かなりはプロレタリア革命を信じている様子のゴダールは真面目なのか露悪的にふざけているだけなのか判断しがたい。多分真面目なんだとは思うが、ふざけているように見えるのはもう資質なんだろう。今さらだが。