レインウォッチャー

ふしぎの国のアリスのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

ふしぎの国のアリス(1951年製作の映画)
5.0
Goodness!
まさかこの映画がディズニープラスでR指定じゃあないなんて…それくらい、こころに何か忘れられない痕を残してしまう、つまりまだ柔らかい魂の形を変えてしまうような力のあるファンタジック・アシッド・マジック。

ルイス・キャロルの遺した不朽の児童文学にして毒薬入りの迷宮、書籍も映像作品も数多く作られているから、人それぞれに「元型となるアリス」がいると思うけれど、わたしにとってはやっぱりディズニーのこちら。
いま見ても何度見ても、絶対的に美しい。幻惑的な色彩の反乱、そして美少女像というものに一度終止符を打った、と言ってしまいたいアリスの造形。まつげとエプロンスカートがふわりと揺れた、その衝撃を種にいったいどれだけの芸術・娯楽作品がこの世に生まれたことだろう。

いわゆる「夢オチ」の元祖的作品のひとつとも数えられるけれど、これほどまさしく正しく「夢らしい」お話も稀ではないだろうか。
あとから冷静に思い出すと荒唐無稽でしかない現象やエピソードの連続でしかなくても、渦中にいるときは現実と区別がつかず前後の繋がりに違和感もない。夢とはもともとそのような体験だから、この作品のナンセンスさは極めて正しいものだと実感するし、その表裏がいつでもひっくり返るような感覚が物語のそこかしこに散らばった言葉遊びを誘っているようだ。
これはルイス・キャロルがアリス・リデルにせがまれるまま連想に連想を重ねてお話を増築していったことにも起因するのかもしれない。あるいは、当時珍しかった純粋な楽しみとしての児童向け文学に託した愛情とアイロニーに満ちた意志があったのだろうか。
何にせよ、ディズニーはそれをある意味実直すぎるほどのやりかたで映像化している。2010年のティムバートン版では(決して悪い作品ではない、むしろ好きな部類ではあるけれど)お話に辻褄を与えようとしすぎてしまっていて、逆にアリスになり得なかったのは皮肉な結果だ。さすがにいまのディズニーにはこんな散らかしはできないということなのだろうし、そういう意味で歴史的にも貴重な作品。

劇中歌もすべて名曲だけれど、一番はテーマ曲かなあ…まさに黄金の昼下がりが糖蜜のごとく溶けていくメロディはビル・エヴァンスやデイヴ・ブルーベックをはじめ数々のピアニストを魅了し、ジャズスタンダードの一曲になった。物語が次の物語を連れてくるような「アリス」の筆致と、ジャズという即興が連なる音楽の性質はどこか似ているところがあって、必然の結婚だったのだろうなと思わせる。