メランコリアのネタバレレビュー・内容・結末 - 3ページ目

「メランコリア」に投稿されたネタバレ・内容・結末

最初の8分間: 2点
第1章: −0.5点
第2章: 0.5点

最初の8分間のスローモーションの映像美でこの映画は完結してる。

あとは寝てて良い。。
わぁ〜!さすがフォン・トリアーさん!久々に訳わかんなかった。でも嫌いにはなれない。寧ろ好きです。

不穏な感じ、不機嫌な感じ、気不味い感じはやっぱり天才的だ。そうそう、こういうカメラワークね。彼ならではの。好きです。オープニングのシークエンスも最初謎だったけど、最後には繋がった。面白い作り。

あと嫌な感じの人間を描くと天下一だな。性格の良さそうな人がひとりもいない。嫌な奴かぶっ飛んでる奴しかいない(子供以外)毎度のことながら脱帽です。

大好物だった食べ物が灰の味がするって、監督自らの体験なんだろうな(鬱3部作の1つの様なので)。鬱の時って脳の信号が上手く機能していないらしい。舌の神経で感じた味が脳で処理されないから、「美味しい」を感じる事ができない。自分も経験があるから少し泣けてしまった。

子供が作った惑星の大きさを観る針金が、想像はついたけど結構怖かった。

キルスティン・ダンストとシャルロット・ゲンズブールとキーファー・サザーランドが同じ画面にいるのって、わたし的にはとても不思議な感じ。ハリウッドの人とヨーロッパの人が混ざってる画がなんとも面白いと感じた。

アレクサンダーの扱いが…可哀想だったなぁ。お父さんと共演^o^

キルスティン・ダンスト、良かった。『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』から観てるから、こんな役も演じるようになったんだなぁと親心。笑

追記:他の方のレビューを読んで気が付いたこと。「メランコリアは通り過ぎる」と言われてたのが、地球に衝突するっていうのは、みんな鬱(メランコリア)は自分とは関係ないものだって思ってるだろうけど、誰にでも訪れる可能性があるってことを示唆してるのかな?なんて。。。
ミレーの≪オフィーリア≫みたいな冒頭
時々強制される幸せ
地球の方が憂鬱だ

惑星メランコリーという曲があったなー
惑星「鬱病(メランコリア)」
「君の名は」を観たあとだから、一概に笑い話にできないのが狂気だ。

第一部はキチガイ女の話。
結婚式という晴れの舞台。
ロマンチストで自己中心的な花嫁。披露宴の最中に重度のうつ症状に駆られ、身体が動かなくなる。

対照的にリアリストの姉。更に厭世的で卑屈な他人や世間体を気にしない自分勝手な母。娘の名前も忘れてしまうどうしようもない父親。

花嫁と母は結婚式のケーキ入刀時に風呂に閉じこもる。母親が出てこないのは、単なるワガママだが、花嫁が出てこないのは、別の理由がある。

そこまでなら可愛いものだが、花嫁は初夜に逃げ出し自分の職場の後輩と無理矢理関係を結び、結婚は結婚式の直後に破綻する。さらに公然と上司を罵倒し、仕事をクビになっただけでなく、その場のすべての人との関係を失う。そして、鬱病の症状は徐々に悪化する。

第二部は彗星メランコリアが地球に落ちるのではないかと思ってしまう姉の話。
姉は鬱病ですぐ発狂するビョーキの妹を介抱する。乗馬に連れていき、風呂に入れてやり、介抱する。妹は何故かそれを体全体が拒否し、姉に迷惑をかける。

しかし、話の中心は、彗星の最接近によって自分が死ぬのではないかと思うことに焦点が置かれる。

やがて、過呼吸を起こし、あちこち逃げる場所を探すように混乱する。視聴者は思う「お、今度は姉がイカれた」と。

だが、姉妹のコントラストは明暗が反転するのではなく、妹の妄信的な破滅思想が、現実を侵食するという奇想天外な結末に向かう。

つまりは、実際に惑星メランコリアは地球に衝突し、人類は滅ぶのである。妹は、まるでそれを予期していたかのようで、「鬱病」自体が肯定される。彼女は逃避も隠れもしない。受け入れがたい現実を身体は拒否していても、心は受け入れているとでも表現するかのように。

姉の夫は現実を受け入れ難く、破滅を前に自殺する。何がすごいかって、別に何をするわけでもない。大事件に立ち向かわない映画なんて、あるのか。あるんです。
“あらゆる夢の中で最も麗しい夢への記念碑”
ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」が轟く。

鬱病期のトリアーが構想したユートピア。
既に精神が崩壊し、不幸のどん底にある鬱病者がディザスターにパニックすることはなく、寧ろ安堵を覚えるだろう。
煩わしい社会生活は消え失せ、地球滅亡までの、生から死へのシンプルな世界の始まりは、憂鬱の終わりを手助けする。

反社会的な共感を声高にするのは憚られるが、世界の終わりは、最大のカタルシスで、究極の癒しだ。
これは、ハッピーエンドである。


No.32
50音映画鑑賞マラソン 第36回 『め』

毎日がメランコリーな人にとって、惑星メランコリアの衝突など屁のカッパ。むしろウェルカム。地球滅びろ!!ファッションメンヘラはこの映画見て眠剤でも飲んでグッスリ寝ろ!

見返すたびに面白いと感じる場面が変わる不思議な映画。
第一部では方々で鬱陶しがられていたキルスティン・ダンストンだが、第二部終盤では頼もしい事この上ない。大好き。

*鬱気味の人は少人数でいる時は結構頼りになる。僕の持論。

BDで再見
嫌いになれない作品に時々出会うけど、メランコリアはまさにそれでした。嫌なとこも沢山あるけど、すごく魅力的に映る所もありました。

キルスティン・ダンストはやっぱり突出して素晴らしいと思うし、役者さんは全体的に凄く良かったと思います。
第一幕は感じが悪い奴ばかりだけど、きっと本だけでは伝わらない「嫌な奴の感じ」が役者さんから出てたように思う(その分、腹は立つ)けど、ということは、うまいってことじゃないかなと思いました。

キルスティン・ダンストが特殊能力持ってんじゃないのっていう感じに見える後半は、色々考えさせられる所が多かったです。
死に対して憧れを抱いている、もしくは死を救済と捉えている、という人とそうではない人の話だと僕は思いました。ベクトルは全然違うけど、ラストの姉妹はどちらも積極的でしたね。

あと、やっぱりこの映画の強みは「絵の良さ」だと思います。
2部構成になっており、1部は妹ジャスティスの結婚式のパーティの模様を映し出す。皆から祝福されて幸せの絶頂にいるはずなのに、どこか心は晴れず、自分勝手な行動で周りを困らせてしまう。2部は姉クレアの部。メランコリアという惑星が地球に近づいていて、地球が滅亡してしまうという不安から、壊れ始めるクレアとその反面、心の落ち着きを取り戻していく妹ジャスティス。その対比する心情の変化を映しながら、世界の終わりを壮大な映像美で映し出す。

冒頭からスローモーションのジャスティスの幻想が流れる。物語が進むにつれ彼女には予知能力のようなものがあったと分かるので、冒頭のスローモーションはこれから何が起こるのかを映し出したものだろう。

ジャスティスは重度のうつ病で、お風呂に入ることすらままならない。姉のクレアは一般的な女性で、この二人は対比する存在として扱われている。ジャスティスは一般常識の器の中では生きずらく、心が乱されてしまうが、世の終わりを提示されると、その心は安定をもたらす。うつ病患者は果てしなく続くうつ状態から抜け出したいと思うわけだが、その選択の一つに自殺もある。だから死に対しての準備ができているのだ。世界が終わるということは、逆に穏やかな心へ導いてくれるのだろう。

逆にクレアは一般的な人と考えると、その事実を突きつけられると、徐々にうつ状態になっていく。壊れていく。心がどんどん乱されていく。対比する心の変化は、ジャスティスが見ている、”一般の人”は見ることのないもう一つの世界なのだ。

人には見えない世界が存在するということ、そのもう一つの世界をメランコリアの惑星が迫ってくるということで見せてくれている。

世界の終わりは誰しもに平等に訪れる。その前にもう一つの世界を見て、全員に同じように終わりが訪れる。それはそれは美しいメランコリアが地球に迫ってきて、その世界の大きさを映し出す瞬間だ。

終始流れるトリスタンとイゾルデの壮大なメロディがまた物語の憂鬱な雰囲気を作り出し、異次元空間を作っている。


”異端”とされる人も状況によって”正常”になり、”正常”とされる人も状況が変われば”異端”になる。
人は皆同じで、平等なのだ。
心の弱い妹とそれを支える姉、章立てして進行するストーリーは「奇跡の海」から引き継がれているトリアー作品の変わっていないところかなと思います。またドグマ95の規則を守っているのか守っていないのか微妙というか、BGMがなっているから守っていないけれどドグマ風でもあるかなと思う。
ということでやはり「奇跡の海」を見た時ほどの衝撃は僕には無いというか正直退屈でした。

第1章の結婚式のシーンはジャスティンに終始イライラという感じです。
ジャスティンはこの世の中が邪悪である事に嘆いているタイプの人間。そういう彼女からしてみれば地球がメランコリアと衝突する事は薄々気づいていたし、受け入れがつくのかなと思います。
冒頭数分のまるで絵画的なカットが超スローで重ねられる演出、中盤のキルスティン・ダンストのヌード、ラストの惑星衝突によるあらゆるものが消滅していく様。ブルーレイで観たのもあるけど、とにかくその美しさに息を呑むばかり。

とはいえ、最初のスロー映像の時点で、早くも飽きが来そうになったというか、ずっとこんな感じで進むのかな…さっさと話を進めてくれよと思ってしまったのも事実。

その後の結婚式の場面がずっと続くのも正直退屈で、眠くなってきてしまった。ヒロインやたら病んでるなあ…何でこんな病んでるんだろうと感じてしまうし、かといって、地球滅亡の危機に際し、楽観的なジャック・バウアー(違)にも同意は出来ず、こちらには、もう少し危機感持てよとも思ってしまったし、そもそも他の主人公の家族以外の、世界各国の人々はどうなったんだと…。タルコフスキーだって『サクリファイス』で、世界各国の人たちの様子を、一応描写してはいたぞ。

何本か観てるけど、トリアーの作品は、自分には合わないのかもしれないという気がしてきた…うーむ。
とりあえず次に『ニンフォマニアック』観てみようと思います。