MASH

スパイダー/少年は蜘蛛にキスをするのMASHのレビュー・感想・評価

4.0
クローネンバーグといえば人間の深層心理をグロテスクなイメージで表現する監督というイメージがある。しかし、この映画ではそういうグロテスクな部分は身を潜め、より心理学的観点が強い印象を受ける。特殊効果で観客に強い印象を残すのではなく、その独特の語り口とビジュアルによって心の深い部分に迫っていく。

この映画では主人公の視点、しかも統合失調症の人の視点からのみ物語が語られる。それにより、彼が現実と妄想、そして記憶を辿っていく過程が入り組んだ構造になっている。『裸のランチ』でも同じような手法だったが、この映画では記憶という部分にフォーカスを当て、それを一つのトリックとして使用している。彼が現実から記憶の中に入っていくのをボーダーレスに描き、その中での現実と妄想の違いをもはっきりとさせない。少年だった自分を追いかけていく中で、時折知るはずのない両親の記憶にまで入り込む。回想やフラッシュバックとして表現しないところが、監督の作家性がよく表れているところだろう。

グロテスクなイメージはないが、彼ならではのビジュアルにより心情の表現は失われていない。特に印象的なのは、彼が割れたガラスの破片を拾うシーンだろう。破片を返しにいった彼が見たものは、破片がパズルのように組み合わさった割れたガラスだ。言わずもがなこれは彼の記憶を表したもの。記憶の破片を全て拾い集め組み合わせたとしても、そこには壊れてしまったという事実が見えるのみ。この映画のテーマとも言える部分を、ビジュアルで巧みに表したシーンだ。このように全編を通してビジュアルで物語を語るというのを徹底している。

ここからネタバレ注意!


強いていうなら、彼の心理状態を映画のトリックにしたのが少し残念。中盤あたりで彼がカプグラ症候群であることが分かってしまうため、その後の展開に前半ほどの意外性が感じられない。それなら中盤で彼もそのことに気付いて、それに対しどう反応していくかを描いていたらもっと深く入り込めていたかもしれない。

主観視点をトリックとして扱った映画は多いが、この映画はそこまで"どんでん返し"という感じで描いてはいない。そこに至るまでの表現を重要視しており、主人公の心理状態にいかに深く潜り込めるかを大切にしている。タネがわかった上でもう一度観たくなるというのではなく、純粋にもう一度主人公の深層心理の中に沈んでみたくなる、そんな映画だ。
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