亘

10話の亘のレビュー・感想・評価

10話(2002年製作の映画)
4.1
【準プライベート空間】
テヘラン。夫との離婚を控えた女性が息子アミンや妹、通りすがりの老婆を助手席に乗せる。その会話シーン10編を集めた作品。話の内容は教育や宗教さらには愛に及び、彼女自身にも影響を与えていく。

ジャファル・パナヒ監督が『人生タクシー』の参考にしたという作品。1人の女性が様々な人を助手席に乗せて話をしながらストーリーが進んでいく。『人生タクシー』では会話の内容は政治的内容が多かったけれども本作ではより個人的な内容が多い。それでもその端々からはイスラムの教えやイランの実情が見え隠れする。

また本作を見ると「車内」というロケーションがいかに特異か分かる。本作は助手席の前に固定された定点カメラで女性か助手席の人をずっと映し続ける。そして社内には2人だけだからプライベート空間のようだけど、たしかに背景には風景が流れているし社外に出たりもするし外界とのつながりがある。それに一緒の目的地に向かうわけで、会話を目的に部屋で2人で話し続けるだけでもない。とはいえその密閉空間だからこその会話もできる。公共の場とプライベートの間の準プライベート空間といえるだろう。そしてこの性格は、個人的な内容を話しているようでイラン社会の実情も話しているような社内の会話の内容にもつながると思う。

本作の中の10話は以下の通り。(作中の表示に従ってカウントダウン)
個人的には最初の口論のパートが、特にアミンの演技が素晴らしいことからお気に入り。
後半ではアミンと妹の話が交互に来てそれぞれのストーリーが続いている。このストーリの進行は本作に変化を加えていると思う。
10. 女性と息子アミン:女性の態度について口論
9. 女性とその妹:アミンの教育について、離婚について
8. 女性と老婆:宗教について
7. 女性と娼婦:愛と性について
6. 女性と友人:信仰や結婚について
5. 女性とアミン:父について
4. 女性と妹:妹が破局した話、愛について
3. 女性とアミン:女性の仕事について
2. 女性と妹:妹の断髪
1. 女性とアミン:アミンの送迎

登場人物の多くが女性のこともあるが特に本作の中心になるのは女性の社会進出や愛の話だろう。
[女性の社会進出]
特に主人公の女性は写真家として働いているが、そのせいであまり家事をできていない。言ってみれば伝統的な女性像から少し離れた女性。そんな母親がアミンは気に入らないようで、最初の口論では「自分勝手」と言い放ち、終盤では継母の方が良いと言ったりする。おそらくアミンは根強い「女性は家にいるべき」という古い考え方の影響を受けてしまっているのだろう。女性の社会進出が遅れるイランの実情が透けて見えるのだ。
[女性の結婚、愛]
特に娼婦との会話がこのテーマを描いている。イスラム教国のイランでは娼婦は本来禁止されているはずだが実際は隠れて存在している。そしてその1人が女性に向かって訴えかける。「夫は本当にあなたを愛しているのか?」「夫はもしかしたらほかの女を抱いているかもしれない」「1人に入れ込みすぎている」これは個人が相手に依存しやすい個人的な性質もあるだろうが、少なくとも女性の立場が弱く男性に頼らざるを得ない環境も表しているのかもしれない。それを娼婦は、まるで「1人で生きていけるくらい強くなれ」と言うように一蹴するのだ。女性の妹が失恋すると女性は娼婦から聞いた言葉を元に、「なぜ誰かに依存しなければならないのか」と問う。彼女自身娼婦との出会いで変わったのかもしれない。

この人々の会話を通して主人公の女性は少し考え方が変わったようだけど、結局アミンは最後まで母親の方は向かず父親の方になついているよう。これはイラン社会がなかなか変わらないことを表しているのかもしれない。

設定に制約のある作品で、「映画とは何か」ということも少し考えさせられた。

印象に残ったシーン:アミンと女性が口論するシーン。娼婦が女性に持論をぶつけるシーン。
亘