HidekiIshimoto

紙屋悦子の青春のHidekiIshimotoのレビュー・感想・評価

紙屋悦子の青春(2006年製作の映画)
4.5
珠玉の『美しい夏キリシマ』『父と暮らせば』とこれ残して去った黒木和雄。なんて見事な生の〆だろう。この遺作は渾身というよりも淡々と撮られた感じ。そしてこの淡々さは祈りのよう。戦禍の下で悲しみも苦しみもつましく押し殺して祈るしかできない人々の淡々さなんだろうな。役者全員がその暮らしの中に没入したみたいな長回しの会話劇には何度もクスクス笑わされ、やがては画面が滲んで見えなくなっていく。監督はそうやってこのつましい暮らしに観客も引きずり込み、銃声一つ使わずにその時代の只中に突き落としてしまう。トボけた人柄と方言の響きも相まってキャスト全員がまるで実写のすずさん。人への想い、愛というものをここまで真っ直ぐに撮ってみせる映画もそうはない。それを体現する原田知世と永瀬正敏の素晴らしさ。ついでながら昔はピンともこなかった本上まなみがいきなりジェニファーローレンスを蹴落し、我が女神の座につくという番狂わせもあった。