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裸のキッスのRのレビュー・感想・評価

裸のキッス(1964年製作の映画)
3.8
古い映画を見ていこうシリーズ。今回は裸のキッス。サミュエルフラー監督の作品を見るのはこれがはじめて。セクシーなイメージを想起させるタイトルなのでワクワクしながら見始めたら、冒頭、いきなりブロンドの女がこっち(カメラ)に向かってガンガン何かを叩きつけてくる。うわ、なんだなんだと思ってると、男が気を失ってぶっ倒れ、女は男の財布から金をぬきとり、カツラが外れて尼のようなつるつる頭にカツラをつけ直して、颯爽と逃げていく。この人が主人公のケリー。売春婦の彼女は小さな町にたどり着き、グリフという警部にワイナイトを提供したあと、売春は辞めて、心機一転、障がい者の子どもたちが入院している病院で働き始める。そして、お昼の社会生活へと移行するのだが、元売春婦であったという事実が、彼女の生活に不如意をもたらし始める、という流れで、まず、何よりテーマが面白いですね。職業に貴賎なし、という考え方を巡っては、古今東西さまざまにディベートがされてきたことと思うし、売春はそういった話題にはさぞ上がりやすいことでしょう。僕個人としては、ある人間と何らかの近しい関係を持つとき、その人がどんな仕事をしていようが誠実で気の合う人なら関係ないし、一般的な仕事をしてるからといって必ずしもリスペクダブルな人間なわけではない、と思っている。まぁ当たり前のことやけど。ただ、売春は賤しい職業だと見る人のほうが圧倒的マジョリティーだろうし、職業としては少々先が短いので、積極的に選ぶべき仕事だとは思わない。なので、売春から看護に転職したということは、賢明であれど負い目を感じる必要なんてぜんぜんない。それが理由で人が彼女に差別意識を抱くなら、それは差別意識を抱いた方の問題である。本作において、明らかに彼女は自らの過去に負い目を感じており、人々は明確な差別意識を持っている。まー現代もこの状況に変わりはないか。で、先述のグリフという人物は、警部という立場を利用して風俗店と裏で違法に通じてたりするのだが、警部がそのために彼の地位を揺るがされるかもしれない、という不安は微塵も感じていない。日本では、今でこそ警察による不正はもう見逃さないぞって感じに少しずつはなってきてると思うけど、言うてもまだまだふつうに腐敗は続いていることでしょう。そんな社会のなかで、ひとりの元売春婦看護師♀と、ひとりの警部♂と、どちらのほうが社会的に信頼されるか。そりゃもちろん元売春婦がいかがわしがられるに決まってる。どれほどこの看護師が、まじめに子どもたちに向き合い、ケアを重ねようと、どれだけ心を砕いて友人を助けようと、人々は人間の本質には目を向けようとしない。これも、まさに先日見た『彼女が好きなものは』という映画に通ずるけど、複雑なものを無視して世界を単純化したい症候群のあらわれだ。ひとりひとりの人間を見るのなんてめんどくさいし、ややこしいから、ラベルで判断する。だが、そんなこんなを知らぬまま、彼女に近づいてくる男がひとり。それが富豪のグラントである。ふたりで詩や音楽を語ったりするロマンティックなシーンなどもあるのだが、グラント役を演じるマイケルダンテという人の演技のせいか監督の演出のせいか、コイツがなんだかキモい。身震いを起こさせるような不思議なキモさがあって、なんでケリーはこんなヤツに心惹かれたのか、謎すぎる……と思ってたら……すごくえげつないお話になっていかれます。何ということでしょうか。人がラベルで判断することを恐れるケリーは、ラベルの奥を見ようとした、だが見ていたはずなのに、実は見えていなかった。もはや誰を信じていいのか分からない。純真無垢なのは子どもたちだけだが、その子どもたちですら、大人になると、ほぼ例外なく全員、彼らが見て過ごした大人と同じような大人になっていく。この無限ループの難しさ。ぼく個人的には、この問題は、死ぬということ、生きるということ、信じるということ、人生で最大のこの三つの難題を解決しようとする以外に、手の施しようがないだろうと思っている。そんな重々しいテーマを投げかけて終わる本作の希望は、まさにケリーの中にしかあり得ないんだろうな、と思った。人間はまず自分を信じられない限り、どうにもしようがないから。しかし現実とは厳しいものだ。さてこんな感じで徒然なるままに書いてきたが、本作を積極的にオススメできるかというと、んーーーびみょーーー。独特の面白さがあるにはあるけど、我を忘れて映画に没頭できるってほどの面白さはなかったなー。とはいうものの、主演のコンスタントタワーズの劇中の歌だけはビックリするほどうまくて、陶酔してしまいました。このシーンを聴いてみるためだけにでも、本作を見てみる価値があるんじゃないか、というくらい耳を刺激された。というわけで、全般的にはそんなにおすすめはしません笑 終わります。
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