トーク・トゥ・ハーの作品情報・感想・評価

「トーク・トゥ・ハー」に投稿された感想・評価

城戸

城戸の感想・評価

4.5
真実の愛は自覚がない
Yuzu

Yuzuの感想・評価

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うーん私はベニグノの行為があまりに受け入れ難すぎて気持ち悪くて怖いという印象が強く残りすぎた。純愛と言われればそうなのかもしれないけど、ただの自己満足でしかないし、それが奇跡を呼んだから良かったっていうことに思えない。アリシアが事の顛末を知ったらどう感じたんだろう。
マルコ幸せになるといいね。
何年後かにまた観たら感想が変わるのかもしれない。点数は保留。
男女間でも感じ方には差がありそう。
hiatsu

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3.9
2018/12/11
人がリレーされていくときに流れていた音楽についてご存知の方おられましたらご一報ください
nova

novaの感想・評価

4.0
ベニグノはストーカー。かなり危ないやつ。でも偶然に偶然が重なって大好きな彼女の介護をすることに。介護の仕事って半端な気持ちじゃできない。いくら好きな人の世話でも苦痛に思うことも多いと思う。でもベニグノにとっては唯一の愛情表現だったと思えば幸せな4年間だったのかも。愛についての感じ方も人それぞれ。

このレビューはネタバレを含みます

孤独と愛を丁寧に描き出しているように感じた。
アルモドバル作品は、女性(母、娘含む)やセクシャリティをずっと描き続けているように思うけれど、愛は映画、芸術作品全体における永遠のテーマ。
男性性と女性性。「らしさ」とは何なのか。

本当に孤独な人ってこういう感じなんだというか、ベニグノのやったことに対しては同情も共感もできないけれど、少し触れることができたような気がする。
ベニグノの献身的な感情やひたむきな思い、行動は許されるものではないけれど、愛は確かに存在していた。
マルコの元恋人の結婚式で「自由意志の元に相手を愛するか」という確認があったけれど、スペインの結婚式ではそれも誓うのが風習なんだろうか。
そうでなかったら、アリシアの「自由意志」の示されない、ベニグノの一方的な結婚願望は、マルコに指摘されるようにおかしいものだ。ここは繋がってるのかな。
「私が、生きる肌」を想起させるというのは、確かに変態性というか、分かる気がする。

リディアとマルコ
リディアはマルコに別れを告げようとしていたのに、一方でマルコの元恋人に執着していた。別れるはずの元恋人の結婚式で嫉妬に涙を流し、結局闘牛の事故でそれはマルコに伝えられなかった。うーん、愛ってなんなんだろう。
マルコが植物状態のリディアの体に触れることができなかった理由もよく分からなかった。
リディアの闘牛衣装の着用シーン、すごく好きだなあ〜そういうところを丁寧に描き出すところもアルモドバル作品の好きなところだ。

そしてマルコ・ベニグノ・アリシア・リディアはもちろん、ベニグノの同僚やアリシアの父、バレエ教師に色があるところも。
バレエの先生のフランス語訛り?のスペイン語、絶妙。実際の役者さんの母語は分からないけれど。

冒頭のマルコとベニグノの出会いは、ラストのマルコとアリシアの出会いの伏線だったのか!なるほどね〜。
純愛と狂気、確かにまさに紙一重。
ベニグノの愛や献身的な介護がアリシアを目覚めさせたの?私が見た時はそうは思わなかったけれど、確かにそうも取れるなあ。逆にレイプが、とも取れるのか。

アリシア、女性である自分から見てもうっとりするほど綺麗だった。
マルコの元恋人に、「私が、生きる肌」のエレナ・アナヤ!美貌...
ベニグノが見た「愛の」トーキー映画からレイプは暗示されていたけれど、冒頭の映画といい、印象的。

必死に行動したり、毎日生活しても、みんな単なる「一人」にすぎない。

¡Hable con ella!
ドラマチックな作りで面白い。魅せられるねぇ。劇中で出てきたバンドが演奏している歌がすごくいい
Punch

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4.0
変な映画。登場人物たちの関係や感情が愛という一言でくみ尽くせない、もしくは、逆に言えば愛という言葉ですべてを汲みつくせてしまうが故に、そこからはみ出る余剰や余白が不気味に思える。共感の先にある何か。女性の感想が知りたい。
akrutm

akrutmの感想・評価

5.0
ペドロ・アルモドバルの最高傑作のひとつと言われている作品。なかなか見る機会がなかったが、ようやく鑑賞することができた。ストーリーを一言で言うと、植物状態になった女性に恋愛感情を持つ二人の男性の物語。事故で植物状態になった女性アリシアを4年間も献身的に看護している看護師のベニグノは、事故前から彼女に一方的な恋心を抱き、ストーカー的な行為まで行っていた。一方、競技中の事故で植物状態になった女性闘牛士リディアの恋人であるマルコは、彼女を看護していた矢先に、実は競技後に彼女が別れ話をする予定だったことを彼女の元恋人から知らされる。

この映画を見ると、愛とはいったい何なのかを深く考えさせられる。ベニグノの一方的な恋愛感情は、アリシアの意思がわからない状態では、一般的に言って恋愛とは言えない。さらに彼のストーカー的行為や映画の後半で描かれる犯罪行為は、常識からすると避難されるべき行為である。しかし、どのような恋愛も最初は一方的な恋愛感情を契機とした何らかの行為(良し悪しは別にして、相手をデートに誘うのも、相手を付け回すのもひとつの行為)から始まるものである。彼女が自分の意思を表明できない状態だからこそ、ベニグノの恋愛はそのまま存在でき、4年間も献身的に看護するという正当な行為によって、彼の恋愛は道徳的にも正しい恋愛に昇華している。一方、マルコの恋愛は常識的な恋愛であるが、実際にはうまく行かず、いつも不十分な形で終わっている。そのことにマルコが気付いたからこそ、犯罪によって刑務所に収容されたベニグノに対して真の友情を感じ、彼を助けようとする。結末は、ベニグノにとって自分の恋愛を永遠のものにするために必要であるとともに、マルコの今後の展開を予感させるラストシーンは、マルコがベニグノのような恋愛をできるかどうか、その恋愛とは果たして本物なのかを観客に問いかけている。常に常識的でない恋愛や性を描いているペドロ・アルモドバル監督であるからこそ描くことのできた作品である。
昏睡状態の女性を愛した2人の男。1人は愛し方を間違えたゆえ、自らの命を断ち、けれど女は目覚める。もう1人は愛し続けたけれど女の愛を享受できず、女も死ぬ。生き返った女と捨てられた男、残された2人の次なるチャプターを匂わせる終わり方が良かった。
最初と最後に挟まれるコンテンポラリーなダンスやサイレント映画(ちょっと笑ってしまうw)など不思議な演出はさすがだな〜
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