つのつの

の・ようなもののつのつののレビュー・感想・評価

の・ようなもの(1981年製作の映画)
5.0
かれこれ3回ぐらい見てる

【国立映画アーカイブにて再鑑賞】
何度見返しても素晴らしいし涙が出てくる。
こんなに自由に生きることができたらと思うと同時にこんなに自由に生きることができるんだと心の底から思う。クラフトワークや、海老天そばや、散歩や、ドライブや、タバコや、酒や、天気予想や、落語や、シャーベットや、野球盤や、狼たちの午後や、ファッション。これら日常で手に入るものたちだけで構成された人生が、森田芳光のカメラを通して映画的煌めきを付与され輝く。
何者にもなれないことに酷く悩んでいた高校生の自分は、本作に強く共感した。大学に進んで、確かに何者かになるのは難しいけど、皆んな悩みは同じだしそれほど焦らなくても良いかと思えている現在、本作を見て強く心を動かされたわけではない。でも、志ん魚達のことが愛おしくてたまらないしどこかで落語続けてくれていたらなと願わずにはいられない。本作の登場人物達は、一本の映画という枠を超えてどこかで生きているように思える。見るモードはその都度変わるけど、やっぱりあいつら最高だと感じる作品にこれから出会うことはあるだろうか、。やっぱ生涯ベスト映画だな。



涙が出るほど幸福な青春の一ページ。
まともなストーリーはないから見てて退屈に感じるかもしれないが、とにかく溢れ出る多幸感が愛おしい。
全シーンの全細部に至るまでキャラの描きこみが徹底されているのが凄くて、
「この人にとってはこういう瞬間に幸せを感じて、そのために生きているんだ」という実感が持てる。
だからクラフトワークについて熱弁したり、蕎麦屋で海老食べたりするだけでなぜか泣けてきた。
もちろんそんなあいつらの祭りとしての「天気予想」のフィーバーぶりも最高!

ただその蜜月が終わりを告げる道中漬けのくだりからは別の涙がこみ上げてきた。
志ん魚が抱える、周囲の人間はどんどん出世して上達してるのに自分だけはずっと成長できない=「何者」にもなれない不安は自分自身が常に抱いてる心情そのものだったからだ。
ぶっちゃけ志ん魚がそこまで焦ってるのかはわからないけど、彼に感情移入して見ていた自分は彼に不安に思っていて欲しかった。
友達もいるし孤独を感じたこともない。
でもそんな自分が不安でしょうがないから、志ん魚が同じ悩みを持っていることに少し安心したかったんだと思う。

ビアガーデンでの志ん魚と志ん菜の対話で、志ん魚の一歩先行ってるように見えて志ん菜も悩んでたんだと知れただけで勇気が出てくるけど、さらに良いのはその後のシークエンス。
寄席で落語をする志ん魚を捉える映像に音はない。
なぜなら彼の落語が下手か上手か、客に受けてるか受けてないかは関係ないから。
その代わりに映るのは、ずっと彼の落語を見続ける志ん菜の表情だ。
東京を去るエリザベスとの切ないクロスカッティングにシーユーアゲイン雰囲気のイントロが流れる時には胸が熱くなった。
下手でも実らなくても続けてれば良い。
だって今のままってことはないはずだから。
お前の悩み、お前の頑張りを誰かお前と同じように悩んでるやつが見てるよって。
森田芳光監督ありがとう。
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