鋼鉄隊長

地獄の黙示録の鋼鉄隊長のレビュー・感想・評価

地獄の黙示録(1979年製作の映画)
4.0
大阪ステーションシテシネマにて鑑賞。
「午前10時の映画祭9」上映作品

【あらすじ】
ベトナム戦争末期。米軍陸軍将校のウィラード大尉は、軍令を無視して密林の奥地に王国を築いた狂人カーツ大佐の暗殺を命じられる。だが戦場は狂気と混沌に満ちていた…。

 この映画は何から何まで狂っている。密林の奥で乱痴気騒ぎを起こす軍人たち。指揮官を失っても終わりなく続く戦闘。中でも特に強烈なのは、劇中屈指の狂人ビル・キルゴア中佐。サーフィンに固執する異常な精神と、「朝のナパームの匂いは格別だ」の名台詞は一度観たら忘れられない。そんな彼が率いる陸軍第1騎兵師団は映画史に残る名シーンを残している。そう、「ワルキューレの騎行」だ。
 暁の彼方から奇襲するヘリ部隊。機体からワーグナー作曲の「ワルキューレの騎行」を高らかに鳴らし、ミサイル・機銃の雨あられをベトコン前哨基地に浴びせまくる。映画を観ていなくてもこのシーンは知っている人も多いだろう。実はこのシーンは単に興奮するだけでは終わらない。作り手の努力も狂気じみた凄まじいものである。
 『地獄の黙示録』が公開された当時は、マルチ・チャンネル・ステレオ方式と言う映画音響が使われていた。これは銀幕側(前方)から3つ、客席後方から1つ、計4つのスピーカー(4ch)から音が流れる仕組みだ。その際4つのスピーカーは、連動して同じ音を流している。なので映像に合わせて個別に音を流すことが出来ない。つまり普通に編集しただけでは、全方向からプロペラ音が鳴り響くバレバレの奇襲攻撃になってしまう。この問題を録音技師ウォルター・マーチは「多重録音」によって解決した。多重録音(別名:オーバー・ダビング)とは、撮影時に録音された音声とは別に撮った音声を重ね合わせる手法のこと。これにより、画面外からヘリが村へと近づくのをプロペラ音を調整することで表現した。ちなみに中盤でトラの襲撃にあう場面でも、緊張感を出すために草が揺れ動く音を人の手で調整している。なのでほぼ全編をロケで撮影したにもかかわらず、劇中に鳴り響く鳥の声や虫の飛翔音はほとんどを人工的に作っているのだ。各スピーカーを分離できるデジタル・サウンドが普及した現在では、前後左右から音を流して観客を映画世界に没入させることは簡単だが、この頃は気の遠くなるような努力によって作られている。この業績によりマーチはアカデミー録音賞と映画人で初となる「サウンドデザイナー」の肩書きを手にしている。
 正直言ってこの作品は格別面白い映画と言うわけでもない。特に後半は内容が難解な上に、散々焦らして登場したカーツ大佐はキルゴア中佐に比べてパッとしない。しかしながら、圧倒的な映像の工夫によって「名作」の仲間入りを果たしている。映画は物語だけで評価するものでは無い。言葉では表現されていない演出も魅力なのである。
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