悲情城市(英題: A City of Sadness)は、1989年製作で侯孝賢(ホウ・シャオシェン Hou Hsiao-hsien)の台湾映画。2025年現在、本作は、日本語の字幕あるいは吹き替えのものは中古で高価なものしかなく、ネット配信もないので、英語字幕版を視聴した。ちなみに英語字幕版は、本作は会話が少ないこと、英語字幕が平易なこと、主役のトニー・レオン(梁朝偉)が耳が聞こえず、話をすることもできない設定で筆談を行うことから、比較的字幕が追いやすいものになっている。カバーしている時代は1945年8月15日の昭和天皇の玉音放送から始まり、1949年12月、国民政府Kuomintang (KMT)が台湾に渡り、台北を臨時首都に定めるまでの期間。この時代を扱った映画は極めて少なく、台湾の負の歴史である「白色テロ」を扱った台湾映画として貴重。映画の舞台は、日本では、宮崎駿の映画『千と千尋の神隠し』の舞台として人気が高い九份(きゅうふん、ジョウフェンJiufen)であり、私自身も同地を2025年に訪れたが、「悲情城市」は、同地を訪れた後に視聴した。日本からの観光客が多い九份であるので、本作がもっと簡単に日本で視聴される環境に早くなることが望まれる。
台湾で九份に人気が出たのは、もともとは本作のロケ地であったためであるが、映画とほぼそのままであるのは展望台から見た海岸の風景のみ。映画で何度か登場する石段は、周囲に派手な提灯や幟が掲げられており、日本のお祭りの屋台のような人工的な風景であり、特に私が訪ねた時は台湾の連休の夜であったため命の危険すら感じるほどの大変な人込みで、帰りのバスも満員で乗車拒否の便がほとんどで、台北へ無事帰還することが幸運と感じられたくらいの悪夢のような経験をした。
本作では、1949年の二・二八事件にKMTが戒厳令を敷いて反体制派に対して行った政治的弾圧が最終盤のハイライトになるが、この「白色テロ」は1987年に戒厳令が解除されるまで40年継続した。本作は、その2年後に制作されたもので、侯監督は白色テロの実態を映画化することを目的としている。本作には、台湾語と日本語を話す台湾にいた本省人、KMTや上海マフィアを含む中国語を話す中国本土から来る外省人、1945年まで中国を支配していた日本語を話す日本人の大きく三つのグループが登場する。政治家では初代台湾省行政長官兼警備総司令の陳儀(ちんぎ、Chen Yi )による二・二八事件の前後のアナウンスが映画で紹介される。歴史的背景の知識があると、映画のなかで進行している出来事が理解できるが、本作は、そうした歴史を知らない観客にこそ、その入門として勧めたい映画である。
本作の難は、2時間37分という長さであり、登場人物が多く、それらの関係がわかりにくいこと。食事の時間などカットが可能な部分も多く、不要なエピソードを削って、2時間ほどの作品にしたほうが強いメッセージが残ったと考えられる。