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マリアの受難の海のレビュー・感想・評価

マリアの受難(1993年製作の映画)
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あなたが見ている、この憂鬱な光を、一瞬だって目には入れたくないと思ったし、いつまでも見ていたいとも思った。陽光が窓からなだれこむ時間、されど暗い部屋は暗い部屋のままで、窓辺に立とうが外を見渡そうが何一つとして自分を救ってくれるものはない。連れ出してくれるものはない。そういう光、そういう明るさ、美しくて残酷な耀き。痛みに懐かしいと感じてしまうようなこと。全て覚えているつもりでいても、忘れていたいから思い出せないことも沢山、沢山ある。冬、教室に一人きりで、ストーブの前で先生が来るのをただ待っていた、あのとき考えていたことが、ゆっくりと息を吹き返し、ずっと思い描き続けてきた希望や夢を一つずつ塗りつぶしていく自分の手が、今もそこにあるかのように思い出された。窓の外では雨が降っていて、ストーブに翳している手以外はからだじゅうが冷たくて、廊下を歩く誰かの濡れた靴が動物みたいに鳴っているのを目を閉じて聴いていた。それはわたしで、彼女はまだ、自分の中に居る。すくいを待っていて、連れ出されるのを待っている。あなたが失えないあなたの過去は、悲劇そのものかもしれないけれどその結末があなたを解き放った。わたしひとりでは支えきれないわたしのからだを、わたしが受け止め抱いている、そんな幻影が胸をつらぬいた。まだ見ぬ誰かのすくいじゃない、愛する誰かの手じゃない、わたしはただ、わたしに抱きしめられる日を待っていたんだ
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