舞台は世界恐慌の30年代。ニューディール政策によって、銃で自主自立する「古き良きアメリカ」が消え、「一つのアメリカ」へ統合されていく時代。
ジョン・フォードはこの変化を西部劇の消滅に引っ掛けて「怒りの葡萄」を撮ったが、今作も似たような話だ。いずれの映画も、資本家の台頭で家を失う農民が登場する。古き良き「家」を失った彼らは、擬似的な家としての車に家財道具を乗せ、荒野を放浪する。
クライド(ウォーレン・ベイティ)と兄のバックは「家」に定住しない荒野のガンマンである。クライドは刑務所(国家)での労役を拒む。銀行から盗み、庶民を襲わない義賊めいた行動に、開拓時代のアンチヒーロー的正義が見て取れる。
西部劇において窓は家の象徴だ。家の窓を撃って旅立つ今作だが、終盤に車の窓を撃たれ、車は壊れてしまう。国家に統合されるのを拒む彼らに、帰る家はないのだ。町=文明=国家に買い物に行って警察に見つかり、車や宿を失うパターンの繰り返し。町ではローズベルトのポスターが眼を光らせている。
今作が優れているのは、西部劇がこうしたプロットを「時代から消える男の悲哀」に回収しがちな所を、一歩踏み込んで、男と一緒にいた女にスポットを当てている点にある。
時代に逆らって「家」を離れ、「荒野」に出ることを求められた2人の女。クライドの恋人ボニー(フェイ・ダナウェイ)と、バックの恋人ヴェルマ。元々が一般人の彼らは、2つの世界の間で旅を続け、葛藤する。
▽揺れ動くボニー
彼女は家と荒野の間で揺れ動く。最初の部屋のシーンはとても重要だと思う。
自室で鏡を見つめる虚像として登場する彼女は、家の内と外、両面の人格を持っている(後半、警察が鏡を壊すシーンの意味)。自由奔放なキャラに見られがちだと思うが、部屋には「絵に描いた家」や「ミシン」が置かれ、家に対する執着も示唆されている。裸のボニーの隣に映り込む大きな人形が印象的だが、恐らくこれが彼女にとっての家のシンボル。終盤に小さな人形が登場するのは、クライドとの「新たな家」のモチーフだろうか。
最初は「荒野」の自由を楽しむが、将来への不安を持つようになる。逃げ出した彼女をクライドが引き留めるシーンがめちゃくちゃ良い。
枯れたトウモロコシ畑(=終わっていく古いアメリカ)を広めに撮り、ぽつんと取り残された2人が抱き合う、という構図なのだが、クライドがボニーの元へ走る途中、雲がかかって画面全体が一瞬暗くなり、また日が差す。光と暗闇の間でしか生きられない彼らの状況を見事に表現するしている。雲を待って撮影したのだろうか?
テキサスに戻った彼女は母親に「あんた達は一生逃げ回るしかない」と突き放される。この場面も寂しい荒野と古びた耕作機械=資本主義によって没落した農民の状況が描かれる。
最終的にボニーとクライドは対等なパートナーとして結ばれる。冒頭で「男根=男性性としての拳銃」をきっちり否定し、彼女自身も銃を持って戦うのがマジで素晴らしい。終盤、2人は右腕と左腕をそれぞれ負傷するが、互いに空いた手を取って生きていこうとする。この関係まで来て初めて、彼らはセックス出来るようになる。
ラストシーン前、ボニーは真っ白なドレスを着ている。白は西部劇では家のメタファーであり、家への回帰を示す(クライドは白シャツと黒いベスト&片目が外れたサングラス)。2人は最後に青いリンゴをほおばり、アダムとイブになれずに終わる。
テキサスに残る子どもは赤いリンゴを食べていたが、未来への希望か没落の証か、微妙な所だと思う。
▽神を求めるヴェルマ
ヴェルマは牧師の娘だが、バックとの出会いをきっかけに道を外れる。父=神に背く実存的な不安から「家」への帰還を求める。
ヴェルマはバックという「別の父」に依存し、苦しさから逃れようとする。彼女は銃撃されてもキッチンのフライ返しを持って焦ることしかできない。自立しようともがくボニーと何度も対立するのも、必然に思える。
彼女は警察の夜襲に「男はあっち」と叫び、ボニーとクライドを売る。結局バックは殺され、彼女はその血を浴びて盲目となる=裏切りで「主」を失う聖ロンギヌスと逆の運命を辿っている(キリストを槍で突いた聖ロンギヌスは返り血を浴び、盲目が治る)。
ボニー同様に真っ白な服を着る彼女に、警察官は「奴らにそそのかされただけだ」と説教する。彼女は新たな「父=神」の言葉に寄りかかり、再びボニーとクライドの居場所を漏らす。一番罪深く、弱い存在として描かれているように思える(けれど生き延びる)。
▽小ネタ
・写真で有名になるが、警察官に狙われるのも写真がきっかけ。ボニーの口のアップで始まるこの映画は、ボニーが旅の間に書き留め、新聞に残した記録が生きた証になっている。
・当時は禁酒法で仕事の減ったアルコール業界がアイスクリーム開発に進出しており、アイスクリームが話のキーになる。たばこメーカーの「フィリップ・モリス」の看板が映り込むが、当時は恐慌下で名を挙げ始めた新興企業。いずれも新たなアメリカのイメージだろうか。
・銃撃戦の音が素晴らしい。スローモーションの暴力描写を見たペキンパーは「先を越された」と悔しがり、今作を越える銃撃戦を目指してワイルドバンチを撮ったらしい。86点。