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肉体と悪魔のkyonのレビュー・感想・評価

肉体と悪魔(1926年製作の映画)
4.5
ガルボの傑作、ガルボの魅力を堪能したければこの作品。

1926年に公開されたガルボの『肉体と悪魔』。
サイレント作品であり、まさにファム・ファタールとして次から次へと日常の調和を崩していく存在に。

トーキーの登場によって、そのスウェーデンなまりがなかなか取れず30年代には歴史物などが多かったガルボだけど、サイレント時代は洗練された都会の女性を演じている印象。

舞台は(20年代)ドイツ、昔からの親友であるウルリッヒとレオがフェリシタスという女性に出会ったことで友情を取るか愛を取るかという選択を迫られるというあらすじ。

映画的なストーリーテリングが駆使されていて、それは予兆となり、伏線となり、ときには台詞を必要としない直接的な語り口となる。

特に三角関係を示唆するショットの繋がり方が印象的。

ウルリッヒとレオには友情の島と2人が呼ぶ、2人の友愛を誓った象徴的な場所がある。最初にそこで三角関係として映されるのは2人とウルリッヒの妹であるヘルタ。
ヘルタはレオに幼い頃からずっと恋心を抱いているが、兄たちの友情を見守る存在でもある。三角の背後には象徴的な2人の神が手を取り合う像が。

そこから冒頭、2人の帰省シーンでガルボ演じるフェリシタス登場。
電車から降り立った美しい女性にレオは一目惚れをし、彼女に再び会うために地元の舞踏会に参加する。

ここでレオとフェリシタスはすんなりと良い雰囲気に笑
会った瞬間からすぐ恋に落ちる感じがハリウッドらしくて笑うけど、ただその普通はないよね、ってところにリアリティをもたらしたのがこの2人の庭のシーン。

フェリシタスが吸っていた煙草をレオに吸わせるシーンなんだけど、その直前に煙草の火をレオがつけてあげるショットが美しすぎてびっくり。画面全体が暗闇に染まる中2人のところだけロウソクくらいの光が漏れて、顔を近づけ見つめ合う2人、そして口付け。

こんなロマンティックで台詞のいらないシーン…サイレント作品の名場面でしょ。

でももちろん、すんなりいくのは不安の予兆で、フェリシタスは伯爵夫人だということがしばらくして発覚する。そのときも三角関係を表すカットが真ん中にフェリシタスを据えた伯爵とレオの対比で知らされる。しかしヘルタとは違い、フェリシタスは男たちの運命を狂わせるほどの魅惑を備えたファム・ファタール的存在。

その調和を崩す女性は、やはり伯爵とレオの決闘によって、夫の命を奪わせる。こうして伯爵との決闘で勝利したレオはフェリシタスを手に入れたと思いきや、アフリカへ左遷。周囲はレオが不倫の末フェリシタスの夫を殺害したと思っていたから。

こうして次の三角関係として、ついにフェリシタスを真ん中に据えたレオとウルリッヒの対比となったときやっぱりー!って叫んだよね笑

レオがアフリカ滞在の間、フェリシタスをウルリッヒに託したことで、レオが帰還すると2人はすでに結婚していて、レオも複雑な思いが消えない。

しかもフェリシタスは悪魔の化身のようにも映されていて、まさに倫理を外れるような誘惑をレオにしていく。

伯爵と同様に、夫であるウルリッヒは身体を弱らせ、レオは人間不信に陥る。

こうして友情よりも愛を選ぼうとした2人の男性はラスト、決闘をすることになるが、すんでのところでフェリシタスに天罰が下され友情は復権する。

この作品のガルボ観たら、ディートリッヒと系統が全く同じで、いかにガルボを意識してディートリッヒを売り出したか逆説的にわかる。それにしてもガルボ綺麗だったなぁ…。運命を狂わせる女性としてぴったりなくらい不安定で神秘的で女性優位な雰囲気を持っていたな。

モダンガールのガルボの姿見ると、彼女がファッションアイコンになったのは納得するし、監督のブラウンがガルボの活かし方を熟知していた感じがある。

充実した時間でした。