ハル奮闘篇

アパートの鍵貸しますのハル奮闘篇のレビュー・感想・評価

アパートの鍵貸します(1960年製作の映画)
5.0
【誠実に生きている人は幸せになれる そう信じられる】
<2021.11.21 「ラスト5分間の奇跡」について追記>

 映画が好きになり始めた小4のときにテレビで見て大感激!
 子供ながらに「誠実に一生懸命生きている人は、最後には幸せになれるんだなぁ」と、さらには「人生って素晴らしいなぁ」と思ったものです。そして「世の中には、こんなに面白い映画を作る人がいるんだ!」と、ビリー・ワイルダー監督の名前も覚えました。
 その後、何度も見直しているけれど当時の感動は色褪せない。人生って素晴らしい、そう思わせてくれる力がこの映画にはあるんだと思います。

 保険会社勤務のCCバクスター、通称バド(ジャック・レモン)はエレベーターガールのフラン(シャリ―・マクレーン)に片想いしています。中盤、不倫相手の上司(部長)との仲がこじれて心身ともに傷ついたフランを、バドは自分のアパートで献身的に介抱する。少しずつ元気になっていくフラン。バドは彼女が自分の部屋にいてくれるだけで嬉しくってテンション上がって、鼻歌まじりに料理をします。恋する男の微笑ましいシーンです。

 それでもフランはまだ部長を想っている。(こいつがゲス野郎なんだ。)でも心優しいバドは、彼女を傷つけまいとそれを言わず、部長に「彼女を大事にしてあげてください」と直談判するお人好しっぷり。結局、バドは身を引かざるを得なくなります。
 このくだりを三谷幸喜さんは「すべてを知ってるのは見ている人だけ」と語っています(「それはまた別の話」和田誠さんとの対談集 キネマ旬報社)。愛する人の幸せを願い、なのに自分は想いを伝えることさえできない。誠実だけど不器用なバドの置かれた境遇に観客は心を痛めます。

 だからこそ、「ラスト5分間の大晦日の夜の出来事」は、ある意味、奇跡的なのです。
 <以下、ネタバレします。>









 ラスト5分間は、大晦日の夜。フランは部長とレストランで食事中。部長は、妻が離婚に応じた(本当は浮気癖が原因で愛想を尽かされたのだが)、と切り出す。そして、今夜はいつものアパートが使えない、今日バドが「ミスキューブリック(フラン)が相手ならもうアパートの鍵は貸さない」と会社を辞めたからだ、と話す。部長はニブいから「ヤツは君を嫌ってるのか」なんて言っている。
 店内の客たちが賑やかに年越の「蛍の光」を合唱している。それを聴きながら穏やかな表情のフラン。瞬間、ハッとする。本当のことに気づいたのだ。はしゃいだ部長が振り返ると、もう前の席にフランの姿はない。
 次のカット。テーマ曲をバックに、幸せに満ち溢れた表情のフランが、夜の街を走る!走る!
 バドのアパートの階段を駆け上がると、ズドーンと銃声らしき音。「もしや!?」 それは大晦日に一人淋しくバドが開けたシャンパンの音だった。

 ラスト2分間。荷造り中の部屋で「違う町で気ままにやる」というバドに、フランは「私もよ」と告げる。理解できず「部長とは?」「毎年クリスマスにフルーツケーキを送るわ(彼とは別れたわ、の意味)」。
 フランはトランプを出してきてジンラミーの準備をする。バドは突然の出来事に夢見心地だ。彼女を見つめたまま、とうとう、たぶん半ば無意識のうちに秘めた想いが口をつく。「I love you,miss Kubelik」。(この一言で観客は涙!)
 フランはドキッとして、一瞬呼吸が止まる。でも、わざと知らんぷりでカードをシャッフルする。「聞こえたかい?君に夢中なんだよ」と告げるバドに、にっこり笑って「Shutup and deal?」とカードを手渡す。音楽。彼女を見つめたままカードを配るバド。彼を見つめながらそれを手に取るフラン。そこに「THE END」のテロップ。

 こんなに幸せなラストの5分間、ちょっとほかの映画では思い当たりません。
 ツラい想いをしてきた誠実な二人が、最後に救われる。純真だった10歳の僕は、「誠実に生きている人は、いつかは幸せになるんだなぁ」と、「人生って素晴らしいんだなぁ」と、シンプルに、ビリー・ワイルダーにそう信じさせてもらったのです。
 50年近くたって、今でも一番好きな映画監督の一人です。


【皆さんのレビューを読んでめっちゃ感動しています】

 50年近く前、小学生の僕がテレビ(吹替)で観て、泣いて笑った映画を、今の若い世代の皆さんが観て、同じように泣いて笑って、レビューには「ラストが最高」とか「人生で一番好きな映画」なんて書いている方もいる!これはスゴイことです。僕はいち映画ファンとして「あぁ、本当にいい映画は時を超えるんだなぁ」と実感して、すごく嬉しいし、コーフンしているのです。
 映画ってすげぇ~。ビリーワイルダーってすげぇ~。今めっちゃ感動しています。Filmarksさん、いつもありがとうございます。
 同じ幸福感を味わえる「チャップリンの黄金狂時代」のレビューを書きました。あわせて読んでいただけたら嬉しいです。