ALABAMA

象を喰った連中のALABAMAのレビュー・感想・評価

象を喰った連中(1947年製作の映画)
3.4
松竹映画。戦後、復員した吉村公三郎監督の復帰第一作。松竹大船作品。副題として、『科学と生命に関する一考察』とある。GHQの民間情報組織CIEによる検閲番号1074も確認できる。吉村公三郎という監督は松竹蒲田の助監督としてそのキャリアをスタートさせ、以後、新藤兼人らとともに数多くの喜劇を作り上げた。近代映画協会の設立にも参加している。チャップリンの映画を観て、映画監督を志したとのことで、作風もチャップリンの影響を多分に感じさせる小気味の良いコミカルな喜劇に仕上がっている。
戦後の東京。とある動物園で飼われ、戦火を逃れ生き延びた象のシロウが細菌研究所で病の治療を受けているという場面から物語は始まる。象の飼い主である博多訛りの男、山下は治療に当たる助手達に不安を抱いていた。博士は新婚旅行で不在。治療の甲斐なく、シロウは病により死亡。山下は悲しみの中、研究所を後にする。助手達は興味本位からシロウの身体から肉を切り取り、焼いて「象テキ」にして、夕餉で食べてしまう。山下も何の肉か知らされずに、シロウを口にする。真相を聞き、ショックを受けた山下は帰宅後、妻の一言から、以前シャムで象を喰った夫婦が30時間後に急死したことを思い出し、慌てて研究所へと戻る。早速、検死の結果、シロウの肉からはバビソ菌なる病原菌が発見され、学術書にバビソ菌を体内に入れた者が30時間後に死んだ事例があると書いてある。助手達と山下は自らが助かるべく、あらゆる方法を求めて奔走する。死に踊らされ、一喜一憂する男達のシニカルな喜劇。結末は本当にバカバカしいので、是非ご鑑賞あれ。
まずこの作品は決して倫理的な観点から物事を問うた作品ではない。あくまで象の死とその死肉を喰ったことは死というものを男達に纏わり付かせるきっかけに過ぎない。本作は非常におもしろいクレジットの仕方をしていて、研究所の助手達(原 保美、日守 新一、阿部 徹、神田 隆)と山下(笠 智衆)のクレジットの際は、「象を喰った連中」とある。そして彼らの恋人たち、若しくは妻に関しては「彼等をめぐる女たち」。それ以外の人々は「象を喰はない連中」となっている。人物の心情を誇張した表現がセリフ、動作に多々観られ、また芝居を切らないグループショットとフォローパンの多用により非常に滑らかな映画だという印象。カットをかけて割る際も、とても良いタイミングで人物の寄りに移行する。こればっかりは、この監督のセンスの光るところであろう。カットの割り方、ショットつなぎ方、音楽の入れ方、人物の芝居、どれをとってもハリウッド映画の影響を観ずにはいられない。大衆娯楽映画を撮る職人監督の技を観た一本。『科学と生命に関する一考察』というタイトルからは、科学が先行し、生命を疎かにしてしまった男達へのアイロニーを感じ取ることが出来る。