「極楽特急」はトーキー初期におけるエルンスト・ルビッチの傑作である。
世界をまたにかけるハーバート・マーシャルとミリアム・ホプキンスの泥棒カップルが次なるターゲットに選んだのは、ケイ・フランシス扮する香水会社の美人社長。
難なく社長の秘書として近づくことに成功したマーシャルだったが、次第に社長の美しさに惹かれてしまう。
やがて社長に言い寄る金持ちが登場するが、この男(演じるはエドワード・エヴァレット・ホートン。トンマを絵に描いたような容姿が素晴らしい)は以前マーシャルが金品を盗んだ相手である。
男の方もマーシャルの顔に見覚えがあるのだが、誰だか思い出せず頭を抱えるのが面白い。そして口に出すのが次の台詞。
「いい奴なら覚えてる。嫌な奴なら忘れない。つまり、思い出せないのは取るに足らない人間ってことだ」
これ、わたしのお気に入りの格言の一つです笑
伏線が張り巡らされた脚本、秀逸なカメラワークなど、ルビッチの手腕がいかんなく発揮されているが、特にBGMを効果的に使った演出に驚いた。
1932年ですよ、32年。トーキー時代が始まって間もなくの頃に、これだけ音と心理描写が上手くマッチした演出ができる時点で、ルビッチはやはりタダ者ではない。
また、別の部屋の窓からカメラが移動し、建物(勿論ミニチュアだが)の周囲をぐるっと回ってまた別の窓の中に入り人物に焦点をあてるカットなど、のちにヒッチコックがやりそうなシーンを平気でやっているのも凄い。
ちなみに大泥棒役のハーバート・マーシャルは第一次大戦従軍中に片足を失っていたそうなのだが、階段を颯爽と登り降りしているシーンを観ていると、とてもそうとは思えない。