垂直落下式サミング

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングルの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

5.0
クレヨンしんちゃん映画シリーズ第8作目。
監督は『温泉わくわく大決戦』に引き続き原恵一監督が続投している。現在は『河童のクゥと夏休み』や『百日紅~Miss HOKUSAI~』などのアニメ映画から、黒澤・小津と並び戦後の日本映画界を牽引した木下恵介監督を描いた『はじまりのみち』のような丹念な劇映画も手掛けるなど、幅広い才能を発揮する作家だ。
本作は、しんちゃん一家とカスカベ防衛隊の面々が豪華客船でのアクション仮面映画の上映イベントに当選するのだが、クルーズ旅行中に突如怪奇な事件に巻き込まれ、大人たちが猿によって無人島に連れ去られてしまう。そこでお馴染みの面々が消えた大人たちをジャングルに探しに行くといった内容。シリーズ初のオカマ未登場作品でもある。
ギャグアニメとはいえ子供たちが保護者不在の船内に取り残されてしまうのはハラハラするし、しんちゃんが無茶な提案をする場面を無音の演出で描くことで、より一層事態の深刻さが際立ち誰かが助けを呼ばなければみんな餓え死にしてしまう切迫した状況に説得力が増している。本作のしんちゃんはなかなか出来たお兄ちゃんなので、妹ひまわりとの絡みにもほっこり。集団ケツだけ歩きのばかばかしくも壮観な絵面もしんちゃん映画らしくていい。そのあとで、猿たちに報復しようとする大人たちの醜さをしっかりと印象付けて、反暴力をうたっているのもえらい。
この映画に登場する悪役は、ジャングルの猿たちを束ねる密林の王者パラダイスキング。バブルとバックパッカーを拗らせに拗らせたカラフル衣装のシブいアフロ男である。猿のように俊敏な身体能力を持ち、アフロを乱されるとブチキレる。そして何よりクソカッコイイ。子供向けアニメに大人になりきれない大人を敵として登場させるところは、ファンからはシリーズ最高傑作との誉れ高い次作『オトナ帝国の逆襲』にも通ずるものがあり、実際に原恵一の作家性が反映されている部分なのだろう。
過去に「まぁ…色々あって」人間社会を捨て猿どもを従え弱肉強食のジャングルで生きてきた男が、今になって大勢の人間を誘拐・奴隷化する狂気じみた計画を企てた理由は、人々に自分の存在を認めさせたいからだ。マネキンだらけの部屋や歪んだヒーロー願望も彼の肥大化したエゴと承認欲求を表わしている。しかし、ジャングルを生き抜いた彼の精神はすでに獣と化していて、終盤で船へのダイナマイト攻撃を邪魔するしんのすけを、まるで動物のような形相で威嚇するのだ。これにはさすがのしんのすけも息を呑む。この場面で彼の中の人間性は失われつつあることが仄めかされ、人と関わることが嫌で人間社会を捨てたのに結局人であることを捨てきれず、強さを誇示することでしか己を表現できなくなってしまった彼の矛盾した悲愴が強調される。彼はもはや人ではいられない獣(けだもの)なのだ。劇場版のゲストキャラがこんなに立っているのはなかなか珍しくて、パラダイスキングは魅力的であると同時に恐さと危うさを併せ持った悲劇の男なのである。
作品のハイライトは、アクション仮面VSパラダイスキングの決闘。このシーンは、何が人をヒーロー足らしめるのかというテーマに子供映画として明確かつ誠実な答えを、実に見事に描ききっている。この映画のアクション仮面は『アクション仮面VSハイグレ魔王』のように異世界から来た本物のスーパーヒーローではなく、特撮ヒーロー番組の主役を演じるごく普通のアクション俳優だ。空を飛んだりビームを出したりすることは出来ない。そんな彼が誘拐された大人たちを救うためパラダイスキングと決闘することとなるのだが、俊敏な野生の戦法の前に手も足も出ず一方的にやられてしまう。しかし、人々から声援を受けた彼は何度ボロボロにされても立ち上がり、子供たちのため自分よりも強い相手に果敢に立ち向かうのだ。「がんばれー!アクション仮面!」「負けるな!そんな奴やっつけろ!」という声援は、彼に敗北を許さない。人々が彼を信じ救いと希望を求める限り、例えどんなにみっともない姿を晒そうとも彼はヒーローであり続けなければならないのである。それを見て「まるで猿だ」「吠えりゃあ強くなんのかよ」と嘲笑するパラダイスキングには、彼が背負い戦っているものの重みがわからない。あるいは、過去に捨て去った人間性から必死に目を背けたいがためにこう吐き捨て、人々の信頼次第で虚構は現実に勝る力があるという事実を否定しなければならなかったのかもしれない。人を助け、人を救い、人々に希望を与える。それがヒーローというものの本質であり存在意義なのだ。それはただ肉体的な強さを持ているだけではつとまらないものである。今までみたヒーロー覚醒シーンのなかで一番好きで、これを越えるのはちょっと思い当たらないくらいのエモーショナルさだ。それくらい誠実なヒーロー論を示している思う。
挿入曲も素晴らしくて、パラダイスキング登場時のテーマとして使用されるディスコ調の懐メロ「カンフー・ファイティング」や、オーケストラ演奏による「南海空中大決戦」の浮遊感も素晴らしい。まさおくんが大ハッスルする場面の「いろはオェイ」もウクレレの音色が絶妙に耳に残る。小林幸子の「さよならありがとう」が流れるエンドロールはジブリ映画のようで、バカアニメの劇場版らしからぬミスマッチ感がまたニクい。
おそらく最も繰り返しみた映画のひとつで、場面場面が私のなかに染み込んでいる映画だ。映画というものは男の意地と泥臭い闘争が描かれ、尻とチンコをアップで映すものだと小学生の私に教えてくれた作品だ。
自分のなかで相当美化しちゃってるのかも知れないけれど、私自身もパラダイスキングのように「まぁ…色々あって」人間社会から逃げ出したくなることが多いお年頃。大人としての責任や重圧を煩わしく感じ、すべて投げ出して自分だけの楽園に没入したいと思っている人にとって、ちょっと怖い含みのある映画なのは間違いないだろう。
誰だって一寸先はパラダイスキングだ。