地下幻燈劇画 少女椿の作品情報・感想・評価

地下幻燈劇画 少女椿1992年製作の映画)

製作国:

上映時間:47分

3.7

「地下幻燈劇画 少女椿」に投稿された感想・評価

ともこ

ともこの感想・評価

2.7
実写よりアニメのほうが凄まじい、エログロナンセンスという言葉はこの作品にぴったり。
だけど見飽きない、世界観がしっかりしてるからだと思う。
そういえば見た
実写よりアニメ派
Rikako

Rikakoの感想・評価

2.9
YouTubeのおすすめから観た
誰にもおすすめできない作品

眠れない時に観てより一層眠れなくなっちゃった
これ観た後8秒で眠れる音楽っていうタイトルの動画流したけど無力でした
〜終〜

みどりちゃんの境遇、見世物小屋でのいじめとか環境もひどくて見てられなかったけど、見世物を見に来ている外見的には何の欠損もない人たちが一番醜かったなあとおもう
kohhei

kohheiの感想・評価

3.5
あ、これ懐かしいやつ
エロ・グロ・ナンセンスとしか言いようのない変態映画。
見世物小屋を中心に展開されていく物語なだけあって、やはり見る・見られるという関係性を重要視するべきだろう。
男尊女卑的な思想が根付いていた近代西洋において“見る”という行為主体は男性的なものであり、“見られる”のは女性的なものとされていた。
つまり、“見られる”ことは被差別的だった訳であり、身体的な欠陥を持つ人々によって構成されている見世物小屋という存在と繋がっているのは明白だろう。更に、その被差別的な身分である見世物小屋内においても見る・見られるの関係が成り立っており、主人公のみどりは所謂“見られる”(以上に酷い扱いを受けている訳だが)側なのである。
覆し得ぬヒエラルキーが大きく存在しており、下克上や因果応報譚に昇華する事は決してない。あまりにも非情な作品だが、その鬱蒼とした物語こそが丸尾末広ワールドの醍醐味なのである。
Qちゃん

Qちゃんの感想・評価

3.8
ハイスクールミュージカル観た次に観た映画がコレとか。。

アングラな昭和レトロが前から気になってて、思い切って観てみた。

よく言われるエログロ(グロ多め)は確かにそうなんだが、もっとイメージ先行のナンセンス映画かと思いきや、意外とテーマが明確で、思ってた以上に、そして巷で言われてる以上に話がハッキリしてて、なかなか面白かった。
原作のマンガと、元になった紙芝居を読んでないから、アニメ化に当たってそういう風にテーマを絞った可能性は無きにしもあらずだけど。

戦後昭和の貧しい時代、幼いみどりは両親を悲惨な形で失い、困った時には助けると言った親切なオジサンに騙され、彼が座長を務める見世物小屋の下働きにさせられてしまう。学校にも行けず、異形の団員たちには苛められ、絶望の日々を送っていたみどりだが、小人症の幻術使い、ワンダー正光が団員に加わったことで風向きが変わっていく。

。。というのは、あくまでもみどりの主観的なストーリー。みどりの視点を主軸として物語が展開するからか、この映画関連のサイトを見ると、いかにみどりの状況が悲惨かばかり書かれている。

しかし正直、実際に映画を観た印象では、私が、そしてみどりが思い込んでいたほどは、周りは彼女を冷遇していない。
そして、この時代、幼くして両親をなくした女の子の境遇で言えば、もっと悲惨な道を辿る子の方が多いんじゃないだろうか、とも思う。

もちろん彼女は間違いなく不運で悲惨な境遇にいる。そして、その現実は、学校の遠足を何よりも楽しみにしているような、年端もいかないみどりにとっては恐ろしく残酷な現実だ。

だが、不幸な星のもと、そんな境遇になってしまった以上、本当は彼女は、覚悟を決めてその人生に全力で向き合って生きていくべきだっただろう。しかし彼女は、そんな運命に従うことを拒み続け、叶うことのない元の生活を夢見て、一緒に生きていかねばならない異形の団員たちを蔑み、自分はこの人たちとは違うと線を引き続ける。

座長は彼女を騙してはいない。彼が提供できる仕事を斡旋してくれただけだ。人身売買された訳でも、手篭めにされた訳でもない。

見世物小屋の人間は、居場所もないくらいに椿のことをいじめ抜いているのかと思いきや、意外と受け入れてくれている。
あんまり彼女への配慮はなくからかったりイジったりするが、それは仲間内の愛情表現でもあるし、彼らだって社会の除け者にされて懸命に生きている中、絶望するばかりで順応する努力をしない椿は、甘ったれてるとしか見えなかっただろう。
それに、椿は舞台に立たない下働きで、実際に金を稼いでるわけではない。貧しい見世物小屋で、食いぶちが増えただけの状態。しかも、食わせてやってる自分たちを見下し化け物扱いする人間を、追い出さないだけ優しい。

時々そんな椿への思いや椿への好意が、団員たち自身教養や感性面で豊富な人生経験が無い中、極度の行動で椿を脅かしたりはしているけど。
カナブンの犬の件、カナブン自身が椿と同じような年で、うまく見世物小屋で生きてくために女の子のなりして、団長に身売りもしてた中、椿の言動は純粋に鬱陶しかったに違いない。
そして鞭棄、みどりからしたらたまらないが、これもイジメではなくて、好意の示し方が分からなかっただけ。

のちに出てくるワンダー正光は、人間界を見降ろす悪魔、もしくは仙人といった役回り。この映画の核心は、みどりへの怒り冷めやらぬ彼が、集まって暴言を吐く観客たちに対して舞台上で言い放ったセリフに集約されていると思う。「臆病なくせに物見高く、なまけもののくせに欲深く、被害者意識の固まりで、そのくせ世の中を我が物顔で歩きまわる健康うすのろだ」
みどりもそう、でも、彼はまだ幼い彼女が残酷な運命に立ち向かえないことに同情して、別の人生の幻影を抱き続けることを許容している。
しかし、映画のプロデューサーの件は、みどりからしたらワンダー正光の暴挙だが、あの描き方をみると、あれはおそらくプロデューサーを装った人買い。見世物小屋での安寧の立場と心の平穏、家族の幻影、全て提供してあげたのに、欲深く更に上位の生活まで夢見た彼女に、ワンダー正光は怒り狂ったのだろう。

団長にしても、ワンダー正光にしても、山高帽の男たちは、みどりに転機をもたらす存在。両親なき今、団長は彼女の現実を突きつける存在で、ワンダー正光は幻影に囚われた生き方を是認する存在。

彼女は最後まで幻影を求める人生を望む。が、幻影は圧倒的な現実の前には無意味で、太刀打ちできない。ありもしない幻影ばかりを追う者は、結局全てを失って孤独と絶望に慄くことになる。この時代にそれは、死すら意味する。

桜の下で、死者生者問わず固まって笑う幻影。多くの解説サイトが「楽しそうに宴会をしている」「朗らかに笑っている」と記載しているが、あれはどう見ても嘲笑である。甘い夢想から抜け出せず現実を無視し続けて現在に至ったみどりへの嘲笑だ。

改めて、これら全てはまだ10代前半の少女に選択を迫るにはあまりに酷な現実。でも現実である以上、みどりは顔を背けていてはいけなかったのだろう。

。。すごい書いちゃった。。お粗末。
やっぱりアニメ版が圧倒的最高

みどりちゃん可愛い
anjie

anjieの感想・評価

4.5
何度観ても最高のひとこと
にわ

にわの感想・評価

4.0
こういうのいつから好きになっちゃったんだろうか
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