もっちゃん

渚のシンドバッドのもっちゃんのレビュー・感想・評価

渚のシンドバッド(1995年製作の映画)
5.0
群像劇の最高傑作。「笑いながら泣く」という言葉がぴったり当てはまる。『ぐるりのこと。』でも言ったように、底抜けに可笑しいところと底抜けに切ないところが共存して、互いにシンクロしている。

「学校」というフィールドの中で繰り広げられる群像劇。様々な人間関係が交錯して、そして離れていく場として「学校」というのは最高に適した場所かもしれない。妬みや嫉み、憧れ、恋情、好奇心、様々な感情がむき出しのままぞれぞれに向けられる場としては「学校」ほど適した場所はないのだ。

少年少女の危うさとそれゆえの美しさがたまらなく愛おしい。伊藤の一挙手一投足が慈愛に満ちて、儚げだ。相原のあまのじゃくな態度が彼女の事情をうかがわせ、切ない。そしてやんちゃで粗野な奸原は感情を包み隠すことができない姿が何とも可愛い。キャラクター一人一人に愛着を抱き、ストーリーに耽溺してしまう力が今作にはある。

「男」と「女」という対立軸に、さらに「男」と「男」という対立軸が加わる。そうすることで物語の幅が一気に広がり、より複雑になる。彼らはいろんな軸を行ったり来たりしながら、「共鳴」と「反発」を繰り返す。しかし、彼らの感情は決して交わることなく、いつもすれ違ってしまうというパラドックスに陥るのだ。

「私が好きなんじゃなくて、女が好きなのよ」という言葉にハッとさせられる。きれいごとで溢れる世界の中で、我々は黒い部分を隠そうとしていただけではないのか。性別(もちろんそのほかにもあらゆる分類)という普遍的なカテゴリーはいつの間にか無意識化されているのではないか。

吉田は自分のことばっかで偽善的な男であるが、他でもなく私たち大半の鏡像でしかない。優しく振舞っているようで、それは結局は自分勝手な行動でしかなく、自分を納得させるためだけの独善的な親切心でしかない。しかし、彼が悪いというわけではなく、人間というのはえてしてそういう生き物なのである。観客は彼に嫌悪しながらも、共感せざるを得ないのである。