サマセット7

ショーシャンクの空にのサマセット7のレビュー・感想・評価

ショーシャンクの空に(1994年製作の映画)
4.9
原作はスティーブン・キングの中編小説「刑務所のリタ・ヘイワース」(ゴールデンボーイ・恐怖の四季春夏編に収録)。
監督・脚本はキング原作「グリーンマイル」「ミスト」でも監督を務めるフランク・ダラボン。今作が最初の長編監督作である。
主演は「ジェイコブス・ラダー」「ミスティック・リバー」のティム・ロビンスと、「セブン」「ミリオンダラーベイビー」のモーガン・フリーマン。

妻と間男を殺害した罪で、否認しながらも終身刑を科せられた銀行員のアンディ(ティム)は、ショーシャンク刑務所で服役することになる。
刑務所は冷酷な所長と刑務官の支配する過酷な場所であった。
所内の物品調達屋である囚人レッド(モーガン)は他の囚人らと「新人」の誰が最初に泣き出すか賭けを始め、レッドはアンディに賭けるのだが…。

90年代を代表するヒューマンドラマの名作。
ジャンルは「刑務所を舞台としたヒューマンドラマ」だが、アンディの妻らの殺人事件に関するミステリー、所内の生き残りをめぐるサスペンス、所長とのコン・ゲームなど、多様なジャンル要素を含む。
今作はアカデミー賞に7部門でノミネートされたが、同年のフォレスト・ガンプに受賞が集中した結果、1部門も受賞に至らなかった不運の作品。
キング原作小説は膨大な数映画化されているが、今作はスタンド・バイ・ミーと並んで、最も評価の高い映画の一つである。

メインストーリーは、アンディが、刑務所内で様々な過酷な目に合いながら、銀行員の知恵や諦めない意志の力で自己や所内の環境を改善させていく、というもの。
物語の語り部はベテラン囚人であるレッドによるものであり、長年の服役生活で希望を失ったレッドの視点でアンディの姿が時に眩しく、時に危なっかしく、時に温かく語られる。

今作の名作たる所以は、個々のエピソードの何とも言えない味わい深さ、伏線回収の痛快さと物語的感動がリンクした完璧なプロット、キャスト陣の名演、内包するテーマの奥深さにある。

服役開始後最初の1日の描写のあまりの過酷さに完全にもっていかれる。
浴びせられる野次と罵声、看守からの容赦ない暴力、全裸に剥かれて冷水を浴びせられ、消毒剤を振りかけられる。
人として扱われない、というルールを新人たちと共に観客も叩き込まれる。
刑務所内はもはや異界であり、此方の常識は通用しないのだ。
その後も、アンディは色々酷い目に遭う。

追い込みが強烈である分、徐々に知恵を駆使して、環境を改善させていく様子は実に痛快である。
屋上でのビールのシーン、暴行魔の顛末、図書室前の行列のシーン、放送が所内を響き渡るシーンなど、いずれも抑制の利いたトーンで描写され、それが何とも言えない味わいを生んでいる。

終盤、張り巡らされた伏線が一気に回収される痛快さは見事。
伏線回収と映像としての美しさ、困難の克服が集約され、他ではなかなか味わえない感動を覚える。
個々のエピソード自体が味わい深く、さらに、それらのエピソードが後の感動の展開の伏線となっているのであるから、鬼に金棒である。
初見時は特に心を動かされたが、何度見ても良いものは良い。

今作では、同じ構図から撮ったシーンや同じ流れの会話が現れ、その中で変化をつけることで、時間の経過や物事の変遷を示す、という描写がそこかしこに見られる。
例えば所長の金庫の中から撮った映像、レッドの仮釈放の可否を決める質疑の場、囚人は全員が無実、という言い回しなど。
観客の注意を喚起し、時間の流れも感じさせる、監督の技量の確かさを見ることができる。

キャストの演技も素晴らしい。
老齢の囚人ブルックス、新人のトミー、囚人仲間のヘイウッド、所長に看守長といずれも見事だが、やはりティム・ロビンスとモーガン・フリーマンの2人が名演。
ティム・ロビンスは、第三者視点ならではの考えの読めないミステリアスさと、刑務所では異質な上品さ、純粋な意志の力を体現。
モーガン・フリーマンは、過酷な人生に疲れ果て、希望を捨て、それでも何とか思いやりを忘れず生きているレッドを、自然に演じている。
その時折見せる笑顔の温かさ。
真剣な表情の深み。
個人的に、モーガン・フリーマンは屈指の俳優だと思うが、今作はその代表作と言える。

今作は、希望をテーマにした作品である。
アンディはまさにその象徴的な存在だろう。
各エピソードが一つ一つ深みをもって、希望を持ち、与えることの大切さを教えてくれる。
なお、有名なアンディが雨中に立つシーンをもって、十字架にかけられたキリストの見立てとする説もあるらしい。
たしかに本作は聖書の引用が頻出する。
残念ながらキリスト教の教義には疎いが、キングやダラボン監督がそうした仕掛けを入れ込んでいても何ら不思議はない。
こうした深読みも楽しめるだろう。

他方で、レッドやブルックスら囚人が体現する社会批評性も非常に深い。
彼らを通じて今作では、終身刑という制度の功罪が描かれている。
刑罰には、法学上、目には眼を的な因果応報、一般人への威嚇効果、犯罪者への教育的効果があると説かれる。
しかし、現実には犯罪者をブラックボックスに閉じ込め、一般人の目に届かない場所に長期間隔離して、社会的に存在しないことにしてしまうことこそが主目的となってしまう。
こうした制度に実際に乗せられた者たちが、いかに罪と向き合ったかについて、社会が省みることはない。
行政が事務的機械的に、規則や慣例に従い「処理」していくだけだ。
その非人間性。
結果、数十年を刑務所で過ごした者に待っているのは、希望の喪失と人間としての緩慢な死だけである。
アンディのやろうとした刑務所内の教育啓蒙活動は現状改善の一つの処方かもしれない。
たとえ人を殺めた罪人でも、贖罪後の希望だけは奪ってはならないのではないか、と本作は問いかける。
なぜなら彼らも人間だからである。
今作の問いかけるテーマは深い。
ことは刑務所に限らないように思える。
臭いものに蓋をして、社会から隔離し、その結果失われた希望と人間性は、他にもたくさんあるのではあるまいか。

たとえどんな状況にあっても、生きている以上、希望だけは持ち続けたい。
そう思わせてくれる、不朽の名作である。

2023.12.19 4.8→4.9