SWEET SIXTEENの作品情報・感想・評価

「SWEET SIXTEEN」に投稿された感想・評価

スコットランド(人口500万人)では、毎年4万人以上の子供が退学になり、1万1千人以上の子供が保護を受け、うち75%が卒業証書を得ずに中途退学、大学へ進学するのは1%に満たず、10代の妊娠率がヨーロッパで一番高いらしい。(これらのデータはちょっと古いかもしれないけど)

現在スコットランドでは貧困者が増加し、5人に1人の子供が貧困状態にある。主人公リアムもその内の1人で、学校にも行かず悪友のピンボールとタバコを売りながらフラフラしている。
もうすぐ出所してくる母親とシングルマザーの姉と一緒に暮らす家を買うためドラッグの売人の仕事を始める。

タイトルが「SWEET SIXTEEN」だけど全然スウィートな話じゃない。皮肉か!?むしろめちゃくちゃ苦い。春菊ぐらい苦い。
リアムが知恵も働くし意外とまともで度胸もある。それが評価されギャング達に気に入れられて、もらえるご褒美がグレードアップしてくのを見てると成り上がりマフィア幹部の生い立ち見てるみたいだなと思った。リアムを取り巻く環境はスコットランドの現状からするとすごくリアルなんだろうな。

あと改めて無償の愛は親から子よりも子から親の方が強いんじゃないかと思った。子供を捨てたり、虐待したり、子供そっちのけで男(女)に走る親もいる。
虐待を受けてもなお親を慕うのは珍しいことではないし、親を憎んでるけどやっぱり愛してほしいと言ってるのをよく聞く。酷いことをされても子供は親の愛を欲しがる。

姉ちゃんも「母さんに何回もチャンスを与えたのに変わらない」言ってたから過去何回もああいう事があったんだろう。それを見てきたリアムも母親がどういう人間かよく理解しているはずなのに、母親と一緒にいたい、愛されたいと願わずにはいられない。

日本もOECD諸国の中で貧困率が5番目に高い。シングルマザーの貧困率は先進国の中で突出して高く、子どもの6人に1人が貧困状態と言われてる。遠い国の話と思っていた環境に日本は着実に近づいてきてる。
renache

renacheの感想・評価

4.1
SWEET SIXTEEN…
観終わった後の何とも言えない虚しさを、このタイトルがさらに刺激してきます…

15歳の主人公リアムは、16歳の誕生日の前日に刑務所から出所する母親と一緒に住みたいだけ。母親に喜んで欲しいだけ。家族想い、友達想いの本当にいい子なのに。

底辺の環境に生まれてしまったらどうにもならないスコットランドの現状。教育もまともに受けられない、犯罪に手を染めるしか這い上がる方法がなくて。

もう少し大人になれば、母親も一人の女性なんだと理解出来たかもしれない。でも彼はこの日やっと16歳になったばかり…

ケン・ローチでしたね。
何か惜しい感じ。特に盛り上がりもなし。
あの終わり方は好きじゃないなあ。
もうちょっと白黒はっきりつけて欲しかった。
パロ

パロの感想・評価

4.4
イングランドユースカルチャー
ドラッグ、ファッション
ティーンの葛藤
ばく

ばくの感想・評価

3.5
奇跡も起こらなければ、希望の光も、灯ればすぐ消えるの繰り返し、映画的な面白さが詰まっている作品なのに、起こるのはリアルな展開、ケンローチは甘くないねェ‥
a

aの感想・評価

4.0
冷たかったりなまぬるかったりする湿った空気
主人公の15歳の青年が抜け出そうと藻搔いても世間の壁は高かった。
彼が生きて行くにはあまりにタフなスコットランド下層の社会状況、家族状況。
その世界をコンパスを持たずに走り回ってバッテリーが切れた青年へのケン・ローチ流の応援歌。
決して声高に頑張れぇとは言わないが背中を押していることは伝わってきます。
理不尽な社会への批判とその中で懸命に生きる個人へのエール。
vivo

vivoの感想・評価

4.0
 若さのみが持つ、窮屈でもどかしい痛みを思い出させる映画。若いって、相当痛い。

 15歳の痛みが、若さの痛みの頂点であるかのように描かれているところに共感できる。 成長する自我や力に、視界があと一歩追いつけない飽和点が15歳なのかもしれない。たぶん16歳になれば、自我と視界は共鳴しながら育ち始めるのだろう。16歳以降の痛みなんて、15歳の痛みとは比べ物にならないかもしれない。だから「Sweet Sixteen」なのだ。
 とにかく、そんな15歳ならではの痛みを、小さな出来事ひとつひとつに丁寧に染み込ませた佳作。理解を超えた現実に直面するラストのせつなさったらない。「バッテリーがきれそうだ・・・」というシンプルな言葉が苦しい。

 幼さと賢さとナイーブさが同居する主役がナイス雰囲気。そして、スコットランドの景色に青春の影はよく似合うと思った。
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映画とは何であろうか?
映画とは世界観である。映画とは伏線を多数張れる娯楽である。映画とは教養と人生経験と知性の総和に値する興奮と感銘と感動を与える装置である。映画とは暇つぶしである。

この映画を観れば『映画とは何とも言えない感情を引き出す装置』であると思える。
語彙が無い理由かもしれない。哀愁でも無く悲壮でも無い。

ストーリーの認識を重視するあまり見やすく分かりやすい映画が垂れ流しにされているが、話を知りたければあらすじを見れば良い、それかWikipediaでかここでネタバレも含めて読めば分かる。

暇つぶしで観ても良いと思うし、むしろ暇つぶしである。では文章でストーリーを説明されるのが合理的であって時間短縮ではないか?その空いた時間に他の娯楽で暇つぶしをした方が有意義である。


映画とは何とも言えない感情を引き出す装置であるから文章では意味がない。
心霊写真を文章で説明されて恐怖を感じる人がいるだろうか?この映画では負の感情が強いが他の映画には正の感情もある。エンターテイメントと言われるものである。ただ、それが広まりすぎているのでハリウッド映画ともてはやされているのだ。どっちもあってどっちも良いと思うし、むしろ正と負が両方ないと意味が無い。

さらに掘り下げればストーリーの重なりがあるから感情が奥から出てくるのだ。犬が死ぬだけで泣く人はいないだろう。そこに犬が家に来た日、散歩に行った日々、逃げた日、友達が家に来た時に間違えて吠えた日などの積み重ねたストーリーがあって『犬が死ぬ』で泣くのだ。
コメディも同じだ。面白い場面が上手く挟まっているから面白いが楽しいに変化するのだ。ただ面白いシーンが数分だけだとコント以下になってしまう。
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