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サクリファイスのpikaのレビュー・感想・評価

サクリファイス(1986年製作の映画)
5.0
「ノスタルジア」も異国での制作ではあるものの主演に祖国の俳優を呼び、テーマも言語も祖国になぞらえていたのもあり異国へ出たからこそ祖国への憧憬をさらに高められるような作品となっていて、個人的な意味でも広義的な意味でも「故郷」と言うものを前面に押し出してきたこれまでの作品と地続きな印象が強かったが、今作は海を少し行けば祖国、という距離感さながらに少し趣が異なる印象があり、語り口に新鮮さすらあった。
色彩の変化でただただ酔えるタルコフスキー印は間違いなく健在でありつつも、ロケ地、俳優、スタッフ、制作国からしてベルイマン作品がチラチラ脳をかすめる瞬間があるのはスウェーデンやロシア映画をあまり見ていない経験値不足ゆえか、その新鮮な語り口のせいか、生じた感覚を何か近いもので埋めようとした無意識ゆえか。
台詞や言葉での説明の多さや室内での長回しなど、舞台劇のようにも見える瞬間があったりして、幻想世界と言うよりも現実が非現実になるような、寓話かお伽話のような質感が作品の魅力になってる。

タルコフスキー自身の信仰心やイコン画からロシア正教会の宗教観なんだろうと知識がない中でマリアの存在や奇跡への祈りなどを解釈しつつ、日本というアイコンのせいもあるのかどこか仏教的な、釈迦の哲学のような「個人の生き方」「死への向き合い方」みたいなものの一端も感じられた。
それは数多ある宗教観を取り除いた人間心理や哲学などの概念なのか、自分なりの解釈も今の所フワッとしたまま。

小難しい概念や象徴的な印象を取っ払えばとてもシンプル且つ不思議なお話で、世界か個人かは関係なくいつかは必ず訪れる「死」という終末に対するタルコフスキーの回答と言うのか、「俺的にはこう思うから次世代へ伝えたいぜ」という熱烈な「意志」が図らずも「遺志」になったような(脚本執筆時には病気に気づいていなかったことから)これまで過去や現在についてというか自分自身を語る私的な映像詩芸術を生み出してきたタルコフスキーが、未来へと意識を向けて作家のメッセージを込めたドラマ的な要素を色濃くした新たなステップだったのかなとも思える。

タルコフスキー作品は見た人の状態によって形を変えるような芸術作品たる味わいがあるので、対面したときの人生経験や精神状態、瞬間の感情によって同じ作品でも感じ方が変わってくる鏡のような何か、他では得難い多様性がある感じがあり、今回は息子やマリアの存在よりもアレクサンデルの人物像が印象的で、「芸術そのものになろうとする俳優」でありその道を極めたアレクサンデルが絶頂の瞬間、「役に自分を奪われる恐怖」によって演じることをやめ、メイドから「傷つけられ追い詰められている」面と「傷つけられるべき」面を語られるアレクサンデルという人物が、それまでの自分の結晶である家と家族を賭しても祈りを捧げた純真な姿に惹かれるものがあった。

レビュー長っ。。

【1回目】2016年9月26日
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