映画漬廃人伊波興一

日本侠花伝の映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

日本侠花伝(1973年製作の映画)
4.5
ひとりの映画監督から推された一本の映画に巡り会えるのに、気づけば30年でした。

加藤泰『日本俠花伝』

まずは皆様に問いたい。
ご自身が数十年前に観た映画の魅力を、たった今しがた観終えたかのように、他人に語る事が出来るか。
そしてその作品の製作時代から半世紀ほど後の孫ほどの世代の若者に(一刻も早く観たい!)と思わせる自信はおありか?

『天城越え』の匠・三村晴彦監督は、1973年に公開されたご自身の師匠の映画について、自分の師匠の偉大さを交えながら、時には非凡なショットの繋ぎ方、時にはローアングルの巧みさ等を身振り手振り演じながら、聴いている私たちに克明に語ってくださり(一刻も早く観たい!)と渇望させてくれました。

東京・高田馬場駅から歩いて10分、東京山手YMCAという小さな施設の1室。

今からあしかけ30年ほど前の夏の昼下がりの事です。

作品の名は加藤泰『日本俠花伝』

三村晴彦監督が師匠・加藤泰の名を挙げた時、私は『江戸川乱歩の陰獣』と『人生劇場』の監督、という程度位にしか認識していない、全く全く、恥ずかしい限りの無知丸出し小僧でした。

三村晴彦監督の語り口に圧倒されたものの、当時から未ソフト化だった(多分、現在も)本作を観る手立てがなく、亀有名画座か大井武蔵館あたりで上映してくれるのを気長に待つ事30年。
その間に
『みな殺しの霊歌』に触れて覚醒。
『ざ・鬼太鼓座』『炎のごとく』と、時系列に逆らった鑑賞行脚の後、ついにあの『明治俠客伝・三代目襲名』に出逢って完全に任侠映画の虜になり、それからマキノ映画を始めとする約100本近い任侠モノと本気で
向き合えたのです。

2017年に初めてHD放送されていた事さえ知らぬ不精者の私を見かねた友人が送ってくれた録画DVDでついに鑑賞。

胸躍らせてテレビ画面と向き合えば、そこに展開されるイメージは三村晴彦監督が熱っぽく語っていたその言葉通りでした。

そもそも冒頭の列車シーンからしてただ事ではない。
下から撮られた走る列車がただ事ではない。断崖絶壁のてっぺん、真木洋子が頼りない村井国夫に詰め寄るカット割がただ事でない。
酒のグラスを片手で握りしめた渡哲也がそのままパン!と割り、半ば強引に真木洋子と結ばれる船着き場の場面がただ事ではない。
全裸で縛られてた真木洋子の拷問シーンがただ事でない。
そして何と言っても荒波打ち寄せる岩場でのクライマックスの乱闘。
ただ事ではない定石です。

(あの男は何に賭けているのだ?)

血塗れの渡哲也の振る舞いに息を呑む曽我廼家 明蝶の独白

言うまでなく、息も絶え絶えの加藤泰・ギリギリ晩年の劇映画に賭けてくれているのです。
だから真木洋子の(幸せです!)という台詞は観ている私たち観客の気持ちと限りなく協和します。