ずどこんちょ

セント・オブ・ウーマン/夢の香りのずどこんちょのレビュー・感想・評価

3.8
人生のピークを過ぎて終わりが見え始めている老いた男と、これから輝かしい人生を迎えるであろう若い青年。
二人が抱えるそれぞれの人生における悩みが交差する名作でした。

盲目の退役軍人フランクは毒舌家で女好きの破天荒な男。アルバイトで週末彼の世話をすることになった苦学生のチャーリーは好き放題に振る舞うフランクに振り回され、突然ニューヨークへと連れて行かれます。
でもそれは、フランクの人生を賭けた夢を叶える旅だったのです。

フランクは目が見えません。
しかし、その代わり、多くの人の動きを感じています。人の動く物音、人の香り、人の仕草や気配までフランクには感じ取れます。特に女性の香りには敏感で、付けている香水や使っている石鹸の銘柄まで当ててしまうという、ちょっと引いてしまうほどの特技すら持っています。
元々軍人時代に培っていた鋭敏な感性と瞬発力もあったのでしょう。
だからこそ、フランクは盲目になって役割を失い、家族を含めて他者から除け者扱いされている自分に対する悔しさや無力感を抱えて絶望していました。
人の声色や仕草で、自分に向けられる思いが分かってしまうのでしょう。元々口が悪く、下品なフランクだったので悪意に対して悪意で抗戦してしまい、余計に嫌われ者になっていたのです。「兄家族に会いたかったんだ、寂しいんだ」とハッキリ思いを言葉にできれば良いのに、なかなか簡単にはできないのです。
軍人時代の栄光に今でもすがっているフランクにとって、そこが人生のピークであり、人生のピークを過ぎた今、フランクには失明というハンデキャップは大き過ぎる障壁でした。

フランクを演じてアカデミー主演男優賞を受賞したのが名優アル・パチーノ。
出会った時の悪口たっぷりな敵意丸出しな印象は最悪でしたが、徐々にフランクのエキセントリックな面白さや人生経験を積んだ奥深さが見え、最後にチャーリーを守った最高のスピーチは見る者を必ず感動させてくれます。

チャーリーの悩みは、校長に悪質な悪戯を働いた友人を目撃した事で、校長からその犯人を教えるように説得されていた事でした。犯人を教えれば名門大学への進学も許されるそうです。
友人を裏切って利益を得るか、それとも友人を守り通してペナルティを受けるか。
チャーリーが真面目だからこそ、とても天秤にかけられる二択ではありません。しかし、このような葛藤はきっと誰しもが理解できるシンプルな悩みです。

根が腐った教育方針の学校が輩出するこれからの世を担う若者は、どんなに優秀でも根が腐っているから何も育たない……。
フランクがスピーチで話したこの言葉はすべての教育者、親も含めて教育に携わる大人たち皆が耳を傾けて心に入れておくべきです。
体裁や面目を保つため自己保身に走ったり、若者の信念を歪めてまでも真実を引っ張り出そうとする教育者たち。教育とは何かを根本から見誤った大人たち。おそらく誰の目にもあの場所は正義を追求する法廷などではなく、見せしめの処刑場にしか見えませんでした。
フランクは忖度を抜きにしてハッキリと筋の通った意見をぶつけ、持ち前の恐れ知らずの力強さで若者の希望の光を守ったのです。
軍人時代もこんな風に部下を守る責任感の強さを見せていたのでしょうか。

アル・パチーノの毅然としたスピーチのみならず、若い女性と踊ったタンゴもダンディで素敵でした。「足が絡まっても踊り続ければ大丈夫」というタンゴの特徴が後に説得のワードとして出てくる仕掛けは、よく出来ていて優秀過ぎます。
目が見えない中で杖を捨てて女性をリードできる紳士的な余裕感がカッコ良かったですね。