ぺりかん

ソーシャル・ネットワークのぺりかんのレビュー・感想・評価

ソーシャル・ネットワーク(2010年製作の映画)
5.0
自分の人生No. 1 映画!

2011年アカデミー作品賞を「英国王のスピーチ」と争い、惜しくも届かなかった作品。

演技、映像、脚本、音楽、演出、編集の全てが現状の映画界世界最高レベルだと思います。

オープニングでの会話と、この作品の最後のセリフが呼応していることもあり、最初から最後まで目が離せない。

中身は、映画史上最高傑作と呼ばれる「市民ケーン」を現代に置き換えたようなストーリーになっており、何を考えているのか分からないという主人公の性格も非常によく似ている。

フェイスブックの誕生という近代中の近代の出来事を描いており、主要キャラのほとんどが実在の人物であり、名前も本名を使用している。

しかし、実際の出来事を淡々と描いたノンフィクション映画というわけではなく、創作の部分もかなり含まれているため、どちらかといえばフィクション映画に近い。

史上最年少で億万長者となり、インターネットを使い、文字通り世界を変えた主人公マーク・ザッカーバーグが成功と引き換えに失ったものは何だったのか?そして最後まで欲し続けたもの(市民ケーンでのバラのつぼみ)は何だったのか?ということがテーマとして作られている。

2000年代が舞台でありながら描かれているテーマは古典中の古典。

また、血こそ流れないが、権力争いという意味では「ゴッドファーザー2」にも非常に近いものを感じます。(ラストシーンの表情も類似している)

この完璧な作品を作り上げたのは「セブン」、ファイトクラブ」などで知られるデヴィッド・フィンチャー。

完璧主義で知られるフィンチャーは、ラストが円環構造となっている今作にとって、非常に重要な場面である冒頭でのBARシーンは99回撮り直したほどの徹底ぶり。

その甲斐あって、主演を務めたジェシー・アイゼンバーグがほとんど何を考えているか分からない見事な演技を披露している。
作中を通じて笑うシーンはほとんど存在しない。

この作品を見た医者が、主人公マークについて、典型的なアスペルガー症候群の例と言ったらしいが、明らかに製作者は意図的に、マークを人の気持ちが理解できない男として作り上げている。

その証拠にビール瓶を投げるシーンがあるが、あのシーンはマークがアスペルガーということを見せるために存在していると考えられる。
マークは女性が怖がっているのを分かっていないのだ。だからもう一度投げた。
この要素は、コミュニーケーションがまともにとれない男が、皮肉にも世界一のコミュニケーションツールを生み出したという展開に繋がっている。

今作の前に、フィンチャーは「ベンジャミン・バトン」にて、最新技術を駆使した年齢を自在にコントロールする映像を披露しているが、フィンチャーが持つ技術を分からないかつ、効果的に使い、実はとんでもない映像を作り上げているのも今作の特徴だろう。

ウィンクルボス兄弟は、実際はアミー・ハマーの一人二役であり、後から顔を貼り付けて双子に見せている。その結果、全く同じ顔の2人が登場するという異様な画になっている。

ほかにも、画面が一切ブレず、パンファーカス(ボケのない映像)が多様されているのも特徴だ。

終盤のマークとショーンの電話シーンは、一見何気ない映像に見えるが、よく見ると、2人が向かいあって会話しているような構図になっており、どちらかが向きを変えると、電話の先でもう1人も向きを変え、常に向かいあって会話しているような演出がなされている。

物凄いことを分からないようにしているのが今作だ。

また、編集も非常に特徴的だ。

ことなる時空列を同時進行で進めていき、
回想を混ぜることで、過去と現在を交互に見せていく。この手法は市民ケーンが最初に広めたことで知られており、これも共通点の一つだ。

アカデミー音楽賞を受賞したことが証明するように音楽も素晴らしい。全体を通じて、決して誇張的でなく、場面の状況を伝える見事な役割を果たしている。

そして、ラストに流れる「とある曲」。黒澤明が、映像と音楽を対極にすることで、誇張する「対位法」という手法(殺しの映像にクラシックなど)を確立したが、ラストシーンの映像と音楽のマッチは、ピッタリでありながら、対位法にも感じる完璧な選曲だ。

この映画が他の映画と大きく違う点は、主人公が成長していかないことだ。
ほとんどの映画は主人公が物語を通して、成長していく展開となっており、例えばこの年、ソーシャル・ネットワークが敗れた英国王のスピーチは、まさにその典型だろう。
しかし、この作品でマークは最初から性格も行動もほとんど変わっていない。変わっているのはマークの周りの人間関係や、資金であり、主人公が変わっているわけでは無い。
分からない天才を描いたのが今作だ。

これほどにクオリティの高い今作がアカデミー作品賞を取れなかった理由に、ラストシーンの演出が少なからず関係しているように感じる。平均年齢が60歳以上であるアカデミー会員にとって、ラストの意味が理解できなったように感じる。

あのラストシーンの意味は、映画を数千本見てきた老人は分からなくても、映画をほとんど見たことないような近所の中学生は分かるような演出だ。

今の10代、20代は一度は経験したことがあることをラストに持ってきている。あの意味が分からなければ、それまで全く成長しない音だったマークが少しだけ成長するという意味が分かりずらいと同時に、天才マーク・ザッカーバーグも我々観客と同じことをするという親しみさえ感じる。
マークが作り上げた今のSNS時代を生きる人にしか分からないのがラストシーンだ。

とにかく100年後も見られるような歴史に残る作品であることは間違いないと思う。

これが自分のオールタイムベスト映画です!