亘

光のほうへの亘のレビュー・感想・評価

光のほうへ(2010年製作の映画)
4.0
【なぜ彼らは光をつかめないのか】
ニックと彼の弟は親の愛情を受けずに育った。アルコール依存症の母に代わり幼い弟の面倒を見ていたが、弟は突然死。大人になっても2人はその過去を引きずりながら社会の下層から抜け出せずにいた。

邦題とは裏腹に全編通してなかなか光が見えない。少年時代・兄・弟・再会の4パートから光をつかめない兄弟の様子を描いた作品。兄は暴力事件を起こして服役し、出所したばかり。そして弟は1人息子マーティンを育てるシングルファザー。弟夫婦はそろって麻薬中毒者で妻は交通事故で亡くなった。弟は麻薬をやめたというが実際は薬物依存から抜け出せずにいるのだ。2人とも現状から抜け出したいはずなのに全然抜け出せない。かすかな光が見えたように感じても、ほんのかすかな遠くの光のよう。元凶は少年時代の環境なのだろうけど、なぜそんな過去をまだ引きずらなければならないのか。見ていてやるせない。

少年時代
兄ニックと弟は幼い弟をかわいがり母に代わり面倒を見ている。一方の母といえばアルコール依存症で子供に暴力をふるうし完全に育児放棄している。兄弟はそんな母のタバコや酒を隠れて飲んだりもしているが、ある日酒に酔って寝た間に弟がなくなってしまう。


ニックは暴力事件を起こしたことで服役し出所した。簡易宿泊施設に住むことになり、近くの部屋のソフィーと仲良くなる。一方で旧友イヴァンと会う。イヴァンもまた社会の下層で暮らしていてストーカー常習者。女性経験が少ないがために力ずくで女性を手に入れようとしている。ニックはイヴァンにソフィーを紹介するが、ニックのいない間にイヴァンはソフィーを殺害する。

ニックには恋人がいるわけでも子供がいるわけでもなく特に生きる目標がない。イヴァンと行動するけど、それも車の観察とか女性の観察とか生産性がなくて、このパートはずっと先が見えないし何がしたいのかはっきりしない。ただもやもやしたまま日々を過ごしている。ただそんな中でソフィーの死という大事件が起きてしまう。


弟は一人息子マーティンを1人で育てるシングルファザー。近所の人にも助けられてるし、ニックよりも光が見えているようにも見える。でも彼は麻薬を断てず生活保護を受けず貧しい生活を送っている。日々マーティン中心の生活を送りながらも麻薬を服用して日に数回意識を失う。ぎりぎりの生活を送っていた彼だが、母の葬儀で遺産30万クローナを手に入れることができたことで奮発してマーティンと豪華に楽しい時間を過ごす。ただ残り全額を麻薬購入に充て売人を始めたことで彼の運命はさらに変わっていく。稼ぎを手に入れることはできたが、逮捕されたのだ。

子供もいるし兄に比べれば生きる目標があるように思う。でも実際は麻薬服用を続けているせいでマーティンに満足に食べさせてあげられない。きっと兄はそんな弟とマーティンを見かねて母の遺産を譲ったのだろう。そのお金をマーティンのために使い、さらに稼ごうとする。彼はマーティンのことを愛しているのだ。ただ光が見えたかに思えて幻だったり見えなかったりした。

再会
兄はソフィー殺害、弟は麻薬販売の罪で逮捕され服役し2人は刑務所で再会する。距離と鉄格子を隔てた2人の再会と会話は見ていて悲しかった。これも2人の生い立ちが悪いのだろうか。兄は真犯人でないことがわかると釈放されかつての恋人に会ったりするが、一方で弟は自殺を図る。これは今作の中でも最も暗い場面かもしれない。ただその後の教会でのシーンは、ニックとマーティンの新たな一歩を映しているように思えた。

全編を通して思うのは、この兄弟は確かに社会の下層にいて前科者・犯罪者でもある。でも2人とも他社への愛情はある。2人とも弟の面倒をよく見ていた。そしてニックは友のことを思いソフィーを紹介し、弟のことを思い遺産を譲った。弟はマーティンを思い愛情を注ぐ。2人とも感受性はあると思うし光のほうへ進もうとしているように見えるしその点では悪人ではない。ただ社会の下層にいるのは生まれ育った環境とか弟の死がトラウマとして残っているからかもしれない。そうした暗さばかり見せられてきたからこそ、ラストシーンは光のほうへ進み始める彼らの再出発だと前向きにとらえたい。

印象に残ったシーン:少年時代に2人が弟の面倒を見るシーン。弟がマーティンをかわいがってるシーン。2人が刑務所で再会するシーン。ニックとマーティンが教会で並んで座るシーン。

余談
・原作はデンマーク人作家による同名小説です。
・原題"Submarino"は「潜水艦」という意味です。潜水艦がずっと水中にいて水上に上がらない様子を、兄弟がずっと社会の下層にいる様子に重ねているのだと思います。
亘