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宇宙飛行士の医者のgenarowlandsのレビュー・感想・評価

宇宙飛行士の医者(2008年製作の映画)
3.5
【追記】2022.3.22
妻役のチュルパン・ハマートヴァはロシアから亡命。
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希望ある宇宙ものを観たかったのに、初有人飛行の宇宙飛行士の健康を管理する医師夫婦の話だった。しかし、プーチン政権への痛烈な批判だと感じた。表向きはゴダールとタルコフスキーをあわせたようなアートな雰囲気をまとっている。

これはプーチンが最初(2000〜2008年)に政権につき、中央集権化を進めていた時に作られた作品。

ストーリーはゴダール風なので突然変わる展開と、タルコフスキーの詩のようなメタファーだらけの会話で地球の外に放り投げだされた気分になる。不条理や哲学を話しているようでもあり、体制批判を1961年当時の言葉に置き換えているようでもある。

ただ映像が面白く、泥地を行き交う兵士や廃墟での物売り、廃線なのに走る汽車。狭い医務室にひしめき合う訓練中の宇宙飛行士。人物はアップで焦点を変えていく。視線を合わせない人が突然カメラに向かって話しかけたり、即興で撮っているようだ。

画面に無造作に登場する人々は皆軽い咳をしている。慢性の気管支炎のようで人々は病んでいる。妻は時々声を出せなくなる。

一応ストーリーらしきものはあり、1961年代のソビエトで初の有人飛行を期待され、打ち上げの日が近づくのだが、誰もが生還できないと思っていて、担当の医師の行動がストレスでおかしくなっていく。

ロケット発射基地はカザフスタン。独裁者スターリンの写真を現地の人が土産物として売りつけている。何もかもが前近代的で成功を阻んでいる。

医師の現地妻と医師である本妻との鉢合わせや、名前を間違われるがそれでも医師を愛する女性達三人との会話は、隠喩、暗喩と思われ、近隣各国との政治的な関係性を語っているのだと感じた。

メタファーの謎解きが好きな方向け。

監督の父も体制批判の作品を撮っているという。

1961年当時も2000年初期も同じ問題を抱えていて、体制批判を正面からできなかった国。そして今、この作品を現代の体制批判として観ても全く同じことが言えた。メタファーを今の状況に置き換えて、突っ込みながら観ていた。

強すぎる中央集権。一極支配。エリート層の上部と現場意識の解離。現場、現況を知らず、知ろうとしない知識人。王様は裸で、王様の言いなり。人の命を犠牲にして世界(宇宙)の覇権を目指す。個人の意見はない。誰も批判できない。知識人やエリートの家の電話は全て盗聴されてる。批判も意見も言えないので無力感に支配される。土地は痩せていて炭泥地で歩くことさえままならない。資本主義国の商品は憧れだが大っぴらに愛着を見せられない。が批判されていた。

経済システムの問題ではなく、中央集権という組織体制に問題があることは明らかだ。

この監督、今何を思い、何を撮しているのだろうか。

ロシアの隠れ体制批判作品は他にもありそう。

地上の争いからもう目を反らしたくて、希望ある宇宙ものや和む作品を観たかったのに、なぜだかプーチン批判の作品に出会ってしまった。目を背けるなということか。戦時には出来るだけ平和な作品を観たい。当たり前の日常の感覚を忘れたくないから。
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