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麒麟の翼 〜劇場版・新参者〜のkotchanのレビュー・感想・評価

3.9
新作鑑賞前に加賀恭一郎スイッチを入れたくて観たわけですが、今現在映画やドラマの第一線で活躍している若手俳優がこんなにも多く出演していたことに驚きました。松坂桃李をはじめ、新垣結衣、三浦貴大、柄本時生、菅田将暉に加え、単に当時は僕が知らなかっただけなのですが山崎賢人まで出ていたとはね。うっかりしたら気付かないくらい垢抜けていないのも初々しい。

新垣結衣と三浦貴大のアベック(死語)は都会の厳しさに直面し明るい未来を見失いつつあり、対照的に東京に来たばかりの頃の2人は希望に満ち溢れなんとも微笑ましい。そこには残酷とも言える時間の流れがはっきりと存在し、"理想と現実の違い"をまざまざと見せつけられる。
突然父を失う家族の悲劇と初めて知る父の違う一面。現代社会の闇でもある労災隠しの発覚からは、一転して世間から非難を浴びる遺族の苦悩へと視点を移しながら、真相は全く別の過去へ遡っていくストーリーには東野圭吾ならではの厚みと面白さがある。

しかしながら、あまりに多くのエピソードを詰め込み2時間半程度にまとめるには無理があったのは否めない。おそらくは3時間以上は必要となるであろうボリュームゆえに、いくつかのエピソードが置き去りのままになってしまったのは残念。
殺人事件の謎に迫るミステリーに、『新参者』から引き継いだ人情ドラマをうまくブレンドさせた構成は評価したい。
加賀恭一郎の観察力と洞察力は今作でも存分に生かされており、「加賀恭一郎=阿部寛」が完全に定着しているからこその安心感が大きい。相棒の溝端淳平がドラマ版より少しだけ頼もしい。線路に飛び込むシーンは素直にカッコ良かったし、加賀との掛け合いも相変わらずニヤついてしまう。
脇を固める俳優陣も良い味を出している。鶴見辰吾、松重豊、田中麗奈、黒木メイサ、北見敏之、劇団ひとりとバラエティ豊かで、中でも中井貴一は演技においても存在感においてもズバ抜けている。加賀恭一郎との絡みが無かったのが本当に心残り(物語上無理なんですけどね)

加賀恭一郎シリーズには全編に渡って愛が溢れている。今作でも親子の愛や恋人同士の愛が語られている。愛情はなぜ近すぎると見えにくくなるのだろうか?
どんなに親しい者であっても知らない別の顔があり、知っているようで知らないことは実は多いのかもしれない。
つらい現実と向き合うこと、正しい心のまま正直に生きることは難しいことなのかもしれない。
幸福だけの人生はない。
人は時に大きな過ちを犯し不幸のどん底に堕ちる。そこから這い上がるには、自分と向き合い、罪を認め、真っ直ぐな気持ちで罪を償うしかない。
ひとりで這い上がろうとしなくていい。誰かに手を差し伸べてもらえばいい。
父が麒麟の像に込めた願いは我が子への最後のメッセージ。差し伸べた手を握ってくれると信じた命をかけた最期の祈り。
人生はリセットできない。
でも再スタートはできる。

美談のように語られようとも見えているのは上辺に過ぎない。
見えない裏側にこそ真実は隠れている。
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