長屋紳士録の作品情報・感想・評価

「長屋紳士録」に投稿された感想・評価

のび

のびの感想・評価

3.9
映画『長屋紳士録』は、東京の下町を舞台にした”拾い子"をめぐる人情劇。現代のわたしたちの目から見ると、”拾い子”を引き取ったおたねが男の子へ向けるまなざしは、時に冷たく感じるほどにドライだ。だからこそ、後半になってようやく芽生えた愛情がより温かく感じる。ああ、人間の思いやりはまだ捨てたもんじゃないなと。

けれども物語の最後では、ほっとした気持ちを抱いたわたしたちの目の前に戦後すぐの現実が映し出される。その現実は、戦後の東京に残された戦争の生々しい傷跡と言っていいだろう。そんな傷跡は物語が終わったあとも、あの現実はどうなったのだろうと、わたしたちの心をざわざわとさせる。

この映画は、空が印象的な映画だ。本作には戦後すぐの東京の姿が映し出される。激しい空襲のあとを思い起こさせるような、むき出しの土だらけの東京。ようやく瓦礫が片付いたばかりのようにも見える。まだまだ戦争の傷跡はあちこちに残されている。

ただ、そのような東京の空は大きく広がっている。これがカラーの映画だったら、青く透きとおった空がどこまでも広がっているのだろう。人々の上には、青い空が戦争の傷跡を見つめている。モノクロ映画にもかかわらず、画面に映し出される終戦直後の空が、やけに心に響く一本と言える。
Guy

Guyの感想・評価

2.5
殺風景な茅ヶ崎の風景には決して贅沢は出来ない生活環境が伺える。
子供を通して1人の女性の心の変わる様が美しい。
人間の美しさを見せてくれた。
我々にも訴えかけてくるような終盤の語りはグッときますね。
jj

jjの感想・評価

4.0
72分の短いドラマの中に人々の温かさが溢れ出ておりました。
笠智衆の見せ場!! おぉ~スゲー
Ghassoul

Ghassoulの感想・評価

4.0
久々の小津作品。

最初は厄介に思ってたガキでも次第に愛情が芽生え、別れが来たときには涙を見せる。といったよく見るストーリーなんだけど、そこはやっぱり小津なので見せ方もちがうよね。
戦後ってのがまたポイント。

笠智衆が若すぎてびっくり!
赤の他人の子どもとの家族的な交流というテーマは、小津作品では傍系に位置するものである。が、たとえば『風の中の牝鶏』のときにもそうしたように、この作品もまた「更新されつつある不断の現在」のなかで作られたというフィルム的事実に思いを馳せるとき、私たちはやはりここにも小津が小津であるところの明確な刻印を認めることができる。
この映画の物語は、親とはぐれてしまったどこの馬の骨とも知れない子ども(青木放屁)を飯田蝶子が引き取るハメになったことからはじまっている。最初こそなんとかしてその子どもを手元から追い出そうと腐心するのだが、結局その子どもは飯田蝶子のもとから頑なに離れようとしない。そしてある日の朝、あれだけ気をつけるよう忠告されながらも寝小便をしてしまったことを気に病んだ青木放屁が、起き抜けに家を出ていってしまうという事件が起こる。そしてそのときにはもう飯田蝶子はその行方を案じずにはいられなくなっており、おりしも長屋におとずれた昔馴染みの吉川満子とのあいだで、次のような会話を交わすのである。
「惜しいことしたわね、あの子。惜しいでしょ、あんた。あんたもう結構好きね、あの子。あんたもう、とうに好きになっちゃってんのよ、あの子」
「ふうん、そうかしら」
「そうよ、決まってんじゃないの」
「そうかね、ふうん」
「なにがふうんよ」
「今まで別に気がつかなかったけど」
「そうなのよ、そんなもんなのよ。もう人情移っちゃってんのよ。ほら、犬ね。知らない間にしっぽ振るでしょ。あれよ。人間だから見えないけど、あんたたちもう結構しっぽ振ってんのよ。坊やのは細くて小さいの。あんたのは太くて長いの。土佐だからね。ブルもだいぶ混じってるけど」
このいっけん「とんま」に思われる飯田蝶子の反応こそ、小津の作品に底流するあたたかみの本質を暗示している。というのも、素朴で飾り気のないこの挿話的なシーンこそ、「交話的コミュニケーションの荒唐無稽な戯れ」(蓮實重彦)のみごとな例証となっているからである。
当の本人が「そうかしら」と言えば、もうひとりが「そうよ、そんなもんよ」と反復的に肯定する。そういうなんの巧みもない平凡きわまりないやりとりを私たちは小津の作品にしばしば発見するが、私たちがここにえも言われぬ感動をおぼえてしまうのも、そのような言葉の交話的機能を徹底的に戯画化したヴァリエーションを、晩年の一大傑作である『お早よう』においてふたたび見ることになることをすでに知ってしまっているからである。

このレビューはネタバレを含みます

敗戦直後の下町長屋を舞台にした小津安二郎監督の人情ドラマ。喜劇的要素もあり。 

ある男(笠智衆)が九段から子供がついて来てしまったため、「子供いらんかな~」と近所に聞いて回る所は、のどかであり、おおらかな時代を感じさせる。この場面、結構笑える。 
そして、飯田蝶子がクジ引き(インチキの)で、子供を返すために茅ヶ崎の海岸付近まで行くが、父親は見つからない。茅ヶ崎の浜辺で、二人がおにぎりを食べる場面がイイ。 
そして、しばらく子供と一緒に住むうちに飯田蝶子も情がわいてきて、二人で写真を撮影したりするが、父親(小沢栄太郎)が連れ戻しに来る。父親は丁寧に引き取っていき、子供が幸せに引き取られてよかったと涙する飯田蝶子が「いいもんだね、子供って。たった一週間だったけど。今から産めんかね」と言って、上野の西郷さんの像で「終」。西郷さんの像の後姿のエンディング印象的。 

シンガポールに抑留されていた小津安二郎監督が、日本に帰国して最初に撮った作品。 
長屋の住人たち(飯田蝶子、笠智衆、河村黎吉など)の情の厚さを感じる映画であり、心温まる秀作。
さとう

さとうの感想・評価

4.1
ラストの西郷どんの周りの少年たちとその背中のショットがキマってる。ホークス的ジャムセッションがある笑。子供はマクガフィン
「おあがり」「いただきます」

そのやりとりだけで、何故かどういうことか泣いてしまった

心の糸に触れたのだろう…おそらく

ここ数ヶ月、小津先生から学びっぱなし、感動されっぱなしで号泣されっぱなし

品性について改めて考える、、、
俺の黒沢清で一番好きな映画『蜘蛛の瞳』じゃないか!
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